2010年9月 のアーカイブ

誰が日本国家を支配するのか

2010年9月30日 木曜日

定例勉強会「誰が日本国家を支配するのか」を昨日、開催した。毎月月末に16時30分から18時30分の2時間、佐藤優氏を講師としてテキストの読み合わせ形式で勉強をしている。私が逮捕されたのが1月15日。ちょうど3か月後の4月15日に勉強会を開始した。佐藤優氏は「歴史は反復する。現実の政治の中で起きていることがなぜ起こっているのか。今後どうなるのか。どう解決を模索したらよいのか。歴史の中から学んでいくことが大切であり、自民党政権を超える政治をするためには知的レベルを上げていくことが大切」と指摘した。多くの民主党議員や私の政治活動を応援していただいている方々、また佐藤優ファンの方々に参加していただいている。

当初はマックス・ヴエーバーの「職業としての政治」、今はカール・マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」を題材にしている。この本は男子の普通選挙が実現した共和制下のフランスで、ルイ・ナポレオンのクーデターが成功したがこの独裁権力が国民投票で圧倒的な支持を得たのはどうしてなのか。このメカニズムを独特の皮肉交じりの語り口で語っているものである。昨日の勉強会ではブルジョア共和派が政権を握るといつのまにか王政支持に変わったことと現在の民主党政権を比較し権力を握るということはこういうものだと解説されていた。官僚政治から政治家主導へと言っていた政権がいつのまにか官僚に取り込まれているのではないかということである。

菅政権は今回の中国船船長釈放問題で政治主導でなく検察の判断で釈放したことを強調している。検察が外交問題を考慮したということになる。私は勾留中の取り調べの中で検事から言われた言葉を忘れることができない。「コストをかけた政権交代をつぶしていいと思いますか。思いませんか」。突然の言葉に私は驚いた。言われた意味がよくわからなかったからだ。要は水谷建設からの裏献金を認めることで事件の構図がすっきりすると。国民が期待した政権交代をつぶしてはいけない。ここで検察が描いたストーリー通りの事件が立証されることで小沢一郎代表(当時)が政界から去りきれいな民主党が政権運営をしていくことが日本社会にとって望ましいことだということだろうと話しているうちに理解できた。ここから検察が時の政治を左右する権力を持っているんだという自負がうかがえる。政治が間違った方向に行った際には我々が軌道修正するんだと。しかし間違った方向に行っているかいないかは国民が判断することである。

政府は検察の判断を強調しているが問題への取り組みが適切だったかどうかは別にして菅総理は政治判断によって決断したとすべきであった。検察が更に日本国家を支配していくことが危ぶまれるからだ。前田検事の言葉として(報道ベースであるので断定はできないが)「厚労省を腐りきっているから立て直さないと」という主旨の発言をしていたと書かれていた。ロシア大統領が北方領土訪問を表明した。中露の連携によりゆさぶりがかけられている。

菅政権は目測を誤らず対処しなければならない。

連立の選択肢

2010年9月29日 水曜日

参議院選挙後、初の国会が始まる。民主党代表選挙で参議院選挙の大敗がかき消されてしまったが過半数割れしている現実は重い。6年間このねじれが変わることはない。3年後の参院選でこのねじれを解消するのは事実上不可能だからである。民主党が2007年の参議院選挙で大勝しねじれ国会と言われたがあの時は衆議院で自公が三分の二の議席を有していたので再議決で乗り切ることが出来た。ガソリンの暫定税率撤廃や給油艦の派遣などをめぐる攻防は記憶に新しいところだ。

しかし民主党は三分の二の議席を有していない。民主、国民新党、社民党、民主を離党した中島氏と私を加えてようやく三分の二に達する。しかし再議決という手を使った場合には自公は一切の審議に応じないだろうし参議院では議院運営委員長のポストを自民党が占めているので全く動かないことになる。ここで思い出すのが2007年の大連立騒動である。当時の民主党小沢代表と自民党の福田総理が読売新聞の渡邉氏の仲介により大連立を模索した。その後、党内の大反対にあい小沢代表は辞意を示唆。地元回りをしていた私は先輩議員より呼び出しがあり急きょ上京した。深沢の自宅で私も大連立に反対の旨を伝えたが小沢代表はドイツの例を出して私に話した。「ドイツでは万年野党だった政党が大連立により与党としてもやっていけるという国民の信頼を勝ち得た後に総選挙で勝利し政権与党になった。今の民主党には経験が必要」だと話された。その時はぴんとこなかったが尖閣諸島問題への対応の不手際を見るにつけ今になって考えさせられる。

東京大学教授の平島健司氏の大連合の歴史的諸相・キージンガー政権と西ドイツの民主主義によるとCDU(キリスト教民主同盟)/CSU(キリスト教社会同盟)とSPD(社会民主党)の大連合が3年の後に解消され政権担当能力を積極的に選挙民に示したSPDは、徹底的に党のあり方を変革したFDP(自由民主党)と連合し、待ち望まれていた権力交代を成し遂げて新しくブラント/シェールの時代を導いたと述べている。増税や法律の変更など国家を運営していく上でやらなければならないことでも国民にとって良薬であるが苦い政策は民主主義体制下で実現するには選挙という洗礼を受ける以上、難しいものである。もしかするとあの時に大連立を成立させることにより与野党間の課題を処理出来たかもしれないと考える。また政権運営を経験することにより総選挙を前にマニフェストの中身を精査することも出来たかもしれない。政治に「かも」は許されないがつい考えてしまう。

しかし現在、ねじれを解消するには公明党との連立以外に無い。仮にみんなの党と連立しても参議院で過半数を獲得することは出来ない。また政策的にも新自由主義的な考え方が強いみんなの党とでは政策的に早晩ぶつかることが予想される。政治とは権力の配分と結果でありどう折り合いをつけていくかが試されるがもし連立政権に参加し妥協してしまった時点でみんなの党の支持率は大幅に下がることが予想されるので簡単には連立協議に応じないであろう。菅総理が創価学会系美術館を訪問した。この訪問は民公協力に向けた布石であることは間違いない。政策的には新進党時代に一緒の党で政策作りをしているので問題はないだろう。安定した政権運営をするためには私も民公連立が現実的かつ安定的だと考える。

しかし期限を区切っての連立にすべきだ。公明党との連立によって自民党は政党としての基盤を弱めた。「比例は公明へ」と民主党議員が言い出したら民主党の崩壊への序章である。

斗満の河

2010年9月28日 火曜日

参議院議員の梅村聡先生より今年の白里忌に参加いただけるとのご連絡を頂いた。白里忌とは毎年10月15日に陸別町開拓の祖である関寛斎翁を偲んで行っている行事である。関翁は一般にはあまり知られていないが作家の司馬遼太郎氏や城山三郎氏の作品にも登場している人物である。ちなみに梅村先生は関寛斎の子孫である。先生も医師であるがやはり関家の血が流れているからか。

関翁は千葉県東金市で生まれた後、佐倉順天堂で佐藤泰然に蘭医学を学び長崎に遊学しその腕を磨いた。徳島藩蜂須賀家の侍医として出仕している時に藩主の命により戊辰戦争で軍医として従軍。大変な活躍をし大村益次郎をして「徳島に返すのは惜しい人物、新政府に必要な人材だ」と評価を受けていたが立身出世に興味は無く徳島に戻って後は市井の医師として30年を過ごした。貧しい人々からは治療費を取らずいわゆる赤ひげ先生として市民に慕われていたという。その後67歳で北海道移住を決意し73歳で陸別町に入植。当時の73歳という年齢での入植は驚異的なことである。

関寛斎は医師として貧者が栄養失調で倒れる人たちを数多く見てきた。医食同源を信奉し人間の健康維持には食べ物が欠かせない、その食べ物を生産する農業こそ、医の根元だと考えた。貧者にも十分に食事を与えることが出来るように国の農業の生産力を高めていきたいと考えたのだ。関翁と私の家も多少関係がある。私の祖父(正確には曾祖父の弟であるが)が徳島県から商売で足寄町にやってきた折に同じ徳島県からの移住者ということもあり関翁と知己があったということである。私の家には関翁からいただいた水差しがあるがこれは関翁が汽車に乗るため陸別から池田まで歩いて行くときに我が家に泊まった際にお礼として渡されたものと聞いている。亡くなった際には祖父が巡査と一緒に駆け付けたそうだ。

そのようなご縁もありまた地域の偉人である関寛斎にゆかりのある所へ機会があれば伺うようにしている。3月にお墓参りのために大学時代以来、久しぶりに徳島県に行った。関家のお墓詣りにも行き、徳島市内にある城東高校のモニュメントも見学に行った。その際に父の同級生の方々とお話をしたが関翁のことを知っている方はほとんどいなかった。また梅村先生と生まれ故郷である東金市を訪れた際に銅像がある公園に行ったがそこでも同様に聞いてみたがほとんどの方が銅像の人物がどういう人かを知らなかった。

関寛斎について書かれた本はいくつもあるが乾浩さんの「斗満の河」(トマムのかわ)は読み応えのある作品である。乾さんは講演会で「戦国武将や明治維新で活躍した歴史上有名な人物を書けば売れるかもしれない。しかし自分はそのような人物よりも有名でなくともその地域にとって欠かせない功績を遺した人物や歴史上地味ではあるが素晴らしい業績を遺した人物に光をあてた作品を書くことに生き甲斐がある」おしゃっていた。その言葉通り乾さんの作品の主人公は樺太探検を行った松田伝十郎と間宮林蔵、北方探検家の最上徳内、八丈島に流人として流され民俗学の草分けと言われる「八丈実記」を残した近藤富蔵などを題材として小説を書いている。関寛斎の人としての生き方には学ぶべきところが多い。翁の業績に光があたることを願う。

十勝の秋

2010年9月26日 日曜日

 今週は十勝管内各地でたくさんのイベントやお祭りが開催されている。すべてに行ってみたいのだが時間の都合上なかなかそういうわけにはいかない。ご挨拶を依頼されていたり、お知り合いに呼んでいただいたところを優先して参加しているのだが23日には大正メークイン祭り、今日は大和山教団のチャリティーバザーと浦幌町のみのり祭りに参加してきた。浦幌町のとある床屋さんと飲んだ際に「みのり祭り知らないなんて駄目だなあ。今度来たらいいよ」と言われたのがきっかけで行くことになった。

立候補してから丸6年近くたくさんのお祭りや行事に参加してきたが35000人前後の人出には圧倒された。水沢町長さんに案内されて会場を歩いたが確かに管内でこれだけの規模のお祭りはそうそう多くない。役場からのシャトルバスに乗車して会場に向かったが待つことなく次々と発車してくれるので運営されている方々の手際の良さを感じた。餅まきと千人踊りに参加させて頂いたが本当に楽しく過ごすことが出来た。たくさんの出店が出ていたが浦幌町は漁業が盛んな町であるので海産物の出店も数多く出ていた。

 出店のものを食べながらふと思ったのが先日、B級グルメ選手権が開催されて甲府のもつ煮込みが優勝していた。過去に優勝した富士宮焼きソバは優勝後、220億円の経済効果があったと報道されていた。十勝の名物と言えば豚丼である。私も子供のころから豚丼が大好きである。醤油とお酒と砂糖を混ぜたたれであるがお店や家庭によってそれぞれの味がある。最近は帯広空港に行くと豚丼のたれが空港売店で販売されているので知人にお土産として買っていくと喜んでくれた。しかし牛丼チェーン店の豚丼のイメージがあるので十勝以外の方に豚丼というとあのイメージが連想されるので大変残念に思っている。そして本州ではどうしても牛肉より格下の味というイメージがあるのだろうと思う。B級グルメ選手権でご当地グルメの知名度を上げることは地域への多大な経済効果を生み出している。今年は北見から参加者があったようであるが来年は十勝から豚丼や地域の素材を生かした味で挑戦してほしいと願うものである。

中国船長釈放問題

2010年9月25日 土曜日

昨日、尖閣諸島付近で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突した事件で那覇地検が処分保留で釈放すると発表した。仙谷官房長官は捜査上の判断とあくまでも政治判断でないと強調していたが中国とのこれ以上の対立は避けたいという民主党政権による政治判断が取られたのは次席検事の言葉からも推測できる。今回の件で最初に逮捕に踏み切ったときに中国側がどのような対応をしてくるのかを想定していたのだろうか。それに伴い日本と同様に中国と領海問題を抱えるアジア諸国とどう連携を取っていくのかを考えていただろうか。中国は13憶という自国の市場を背景に強硬姿勢を強めている。しかし独りよがりの外交は中国国民にとって決してプラスでないことはいずれわかるはずだ。私は小沢一郎元幹事長が会長を務める日中至誠基金という団体の事務局として中国人青年との交流事業に携わってきた。この事業を通してほんの少しであるが随分と中国人を知ることができたし日本について教える事が出来たと思っている。本当の中国との戦略的互恵関係を築くために民間レベルの草の根交流の促進をもっと行うべきであるしわれわれ若い政治家がもっとパイプの強化につとめることが求められているのではないだろうか。

今日は先ほど中札内村の加藤村議会議員のパークゴルフ交流会に参加してきた。参加者からは本当に勉強熱心な議員さんなのでこれからも頑張ってほしいと声が寄せられていた。数少ない女性議員として頑張ってほしい。

牛乳乳製品はメタボに役立つ

2010年9月24日 金曜日

全酪新報9月10日号の3面に(社)日本酪農乳業協会が牛乳乳製品の摂取状況と内臓脂肪症候群の関係について「食生活、生活習慣と健康に関する調査研究会」とともに実施した横断調査の結果を発表との記事が掲載されていた。乳業メーカーに勤務する20代から60代の男女のうち、「牛乳を多く飲む女性グループ」では「飲まないグループ」と比べてメタボリックシンドローム該当者が4割、男性グループでは2割程度少ないという調査結果が出たそうである。女子栄養学の上西一弘教授は「牛乳・乳製品中のカルシウムとビタミンDが脂肪細胞での脂肪分解を亢進することから、筋・肝臓での脂肪酸化やエネルギー代謝が活発になる」と仮説を述べている。

今年の2010年度の生乳及び牛乳乳製品の需給見通しは30万トン前後の供給過剰と予想されていた。酪農家の方々と懇談する時に必ず話が出てくるのが消費拡大の話である。中央酪農会議が5年間実施した「牛乳に相談にだ」キャンペーンについて認知度は高かったが消費拡大に至らなかったと総括した。我々が子供のころは骨を強くするために飲みなさい、牛乳を飲まないと大きくならないよと言われ飲んでいた。しかし少子化の影響(学校給食での消費量の減少)や牛乳に関して誤った認識(牛乳は太る、体に悪いなど)が広まり消費が伸びなくなってきている。消費拡大にとって一番大切なのは牛乳を飲むことによってどのような効果があるのかを消費者に理解してもらうことが大切だ。そのための調査・研究費を増額することが大切であり新たに発足した政務3役にはぜひ牛乳の消費拡大政策に取り組んでほしい。ダイエットに効くことが証明されれば女性の消費は自然と増えていく。

牛乳は戦後長い間、日本人の不足しているカルシウムを補ってきた。今度は飽食の時代になり社会的な問題になっている(私もそうなんですが)メタボリックシンドローム対策に効く国民の健康を守る飲料と再認識され消費拡大が進むことを願う。

バー KAZZのマスターを偲んで

2010年9月23日 木曜日

 昨日は帯広で友人たちによる「焼酎の会」があり参加してきた。美味しい焼酎をカラオケボックスを借りて飲み比べをしてみようという会だ。会のメンバーは以前、ふるさと足寄町の幼馴染が経営していたバーに集っていた面々である。マスターがすい臓がんで3年前に亡くなり皆で集まれる場所がないために場所をそのつど変えながら集まっている。今でもたまに集っていた面々で集まりマスターを偲んでいる。亡くなってなお多くの人に愛されているマスターを思うと本当に羨ましくなる。メンバーの一人がみんなで集える場所を作ろうと来年お店を出すとのことだ。オープンが待ち遠しい。

 さて、今朝の新聞、ニュースを見るとどこも前田検事による証拠改ざん事件について報じていた。前田検事は否認しているとのことなので事実関係を確認しながら慎重にこの事件を見ていきたい。なぜなら報道機関は加熱した時にはたとえその情報に信憑性があろうがなかろうがタイミングを逃したらいけないとばかりにタガがはずれるからだ。信憑性が疑わしいものでも他社で流しているのになぜうちはやらないのかということになり結局報道してしまう。私の水谷建設の件でもそうだった。また私が立候補するときに3時間にわたり小沢さんの前で土下座しただのと完全な作り話なんかも報道された。前田氏の今までの事件に対する姿勢や人間性なんかも徐々に新聞や週刊誌で時には面白おかしく書こうとするだろうが事実のみきちんと報道してほしいと願う。 

 ここでよく考えなければならないのはもし彼がこのような事を本当に行っていたとしたら大阪地検が組織として把握をしていたのか。把握をしていたのならなぜ放置していたのかということである。報道の域を出ないが「日付を変えて遊んでいて誤って変えてしまった」という報告で問題なしとしていたとしたら到底説明がつかないのではないか。組織として隠ぺい工作をおこなっていたのか。最高検の捜査による解明がもとめられている。

あの時の検事さんか

2010年9月22日 水曜日

 厚生労働省の村木元局長の冤罪事件において担当の前田検事が逮捕された。上村被告の自宅から押収したフロッピーディスクのデータを改ざんした証拠隠滅の容疑での逮捕である。彼一人の考えで行ったことなのかそしてこの事実を誰がどのように把握していたのか。もし仮にこの改ざんが真実であるのなら特捜部が作成した筋書きに沿って証拠を改ざんしたのであるからとんでもないことである。
 私はこの検事さんと一度お会いしている。東京拘置所で勾留中に間違えて私の部屋に入ってきたからだ。取調室は私が確か11室だったと記憶しているが一つおいて大久保氏が取調べを受けていた。たとえ取調室が近くても偶然にもすれ違うことは絶対にない。トイレに行くのにも他の者が出ているかどうか確認するからだ。だから当然他の検事さん達と会うことはないのであるが考え事でもしていたのか間違って入ってきたのだ。
 彼はなぜこのような事件を起こしてしまったのか。それは現在の特捜部の体制にあるのではないかと私は思う。ここについては次回にしたい。
 

日記の開始にあたって

2010年9月22日 水曜日

 石川知裕でございます。元来の筆不精でしてブログやツイッターなど始めないのかと問い合わせを頂いていたのですが先延ばしにしておりました。立候補を表明して以来、「草の根通信」という後援会報を定期的に発行しその中で活動報告をしてきました。このホームページのアーカイブを見ていただきますと当時の活動をご覧いただけるようになっております。今後はこのブログで自分自身の活動と意見を述べてまいりたいと思います。