2010年9月29日 のアーカイブ

連立の選択肢

2010年9月29日 水曜日

参議院選挙後、初の国会が始まる。民主党代表選挙で参議院選挙の大敗がかき消されてしまったが過半数割れしている現実は重い。6年間このねじれが変わることはない。3年後の参院選でこのねじれを解消するのは事実上不可能だからである。民主党が2007年の参議院選挙で大勝しねじれ国会と言われたがあの時は衆議院で自公が三分の二の議席を有していたので再議決で乗り切ることが出来た。ガソリンの暫定税率撤廃や給油艦の派遣などをめぐる攻防は記憶に新しいところだ。

しかし民主党は三分の二の議席を有していない。民主、国民新党、社民党、民主を離党した中島氏と私を加えてようやく三分の二に達する。しかし再議決という手を使った場合には自公は一切の審議に応じないだろうし参議院では議院運営委員長のポストを自民党が占めているので全く動かないことになる。ここで思い出すのが2007年の大連立騒動である。当時の民主党小沢代表と自民党の福田総理が読売新聞の渡邉氏の仲介により大連立を模索した。その後、党内の大反対にあい小沢代表は辞意を示唆。地元回りをしていた私は先輩議員より呼び出しがあり急きょ上京した。深沢の自宅で私も大連立に反対の旨を伝えたが小沢代表はドイツの例を出して私に話した。「ドイツでは万年野党だった政党が大連立により与党としてもやっていけるという国民の信頼を勝ち得た後に総選挙で勝利し政権与党になった。今の民主党には経験が必要」だと話された。その時はぴんとこなかったが尖閣諸島問題への対応の不手際を見るにつけ今になって考えさせられる。

東京大学教授の平島健司氏の大連合の歴史的諸相・キージンガー政権と西ドイツの民主主義によるとCDU(キリスト教民主同盟)/CSU(キリスト教社会同盟)とSPD(社会民主党)の大連合が3年の後に解消され政権担当能力を積極的に選挙民に示したSPDは、徹底的に党のあり方を変革したFDP(自由民主党)と連合し、待ち望まれていた権力交代を成し遂げて新しくブラント/シェールの時代を導いたと述べている。増税や法律の変更など国家を運営していく上でやらなければならないことでも国民にとって良薬であるが苦い政策は民主主義体制下で実現するには選挙という洗礼を受ける以上、難しいものである。もしかするとあの時に大連立を成立させることにより与野党間の課題を処理出来たかもしれないと考える。また政権運営を経験することにより総選挙を前にマニフェストの中身を精査することも出来たかもしれない。政治に「かも」は許されないがつい考えてしまう。

しかし現在、ねじれを解消するには公明党との連立以外に無い。仮にみんなの党と連立しても参議院で過半数を獲得することは出来ない。また政策的にも新自由主義的な考え方が強いみんなの党とでは政策的に早晩ぶつかることが予想される。政治とは権力の配分と結果でありどう折り合いをつけていくかが試されるがもし連立政権に参加し妥協してしまった時点でみんなの党の支持率は大幅に下がることが予想されるので簡単には連立協議に応じないであろう。菅総理が創価学会系美術館を訪問した。この訪問は民公協力に向けた布石であることは間違いない。政策的には新進党時代に一緒の党で政策作りをしているので問題はないだろう。安定した政権運営をするためには私も民公連立が現実的かつ安定的だと考える。

しかし期限を区切っての連立にすべきだ。公明党との連立によって自民党は政党としての基盤を弱めた。「比例は公明へ」と民主党議員が言い出したら民主党の崩壊への序章である。