2011年2月 のアーカイブ

被告人質問②

2011年2月28日 月曜日

いよいよ主尋問の開始である。弁護士さんから私の方になぜ今回のような報告書の提出になったのか、なぜ調書にサインをしてしまったのかなどと質問を受ける。

10時開始で午前中が120分。さすがにしんどい。

年末からのどの調子が悪いせいもあり緊張も重なり声の出が悪い。

声が聞き取りにくいせいか裁判長からマイクを近づけるように注意された。

午前中が修了し昼食。

午後も引き続き主尋問である。しかし一日で10時から5時まで休みがあるとはいえ精神的にはかなりきついものがある。

4時30分に主尋問が終了。いよいよ検察側からの反対尋問である。

被告人質問①

2011年2月26日 土曜日

2月24日初めての被告人質問。

裁判所の証言席に立つのは当たり前であるが初めてである。

東京地裁の地下駐車場から階段を上り下りしながら被告人控室に向かう。正面から行きたいというがマスコミが相当来ているので控えたほうがと言われ車で地下から入る。

被告人控室は非常に狭い。大久保、池田両被告人と同席。二人とも被告人質問の経験は無いので私がトップバッターである。私に気をつかい二人とも話しかけないようにしていた。

初日は弁護側の主尋問。240分である。10時開廷。今日は傍聴席が7倍の倍率とのことなので300人以上が並んでいたと思われる。マスコミがほとんである。緊張して傍聴席を見渡すことは出来ないがジャーナリストの江川紹子がいつもどおり一番前で傍聴しているのだけは確認できた。

2010年1月15日の逮捕。2月4日の起訴。5日の仮釈放(私はまだ仮釈放中である。時折忘れることがある・・・)。民主党離党。無所属での活動。しかし厳しい中でも全国から裁判支援のカンパを頂戴している。負けられない。

前夜はなかなか寝付けなかったので寝不足ではあるが気合いを入れてのぞむ。

被告人は前へと言われ証言席へ移動。

いよいよ被告人質問が始まった。

篠原副大臣室にて

2011年2月21日 月曜日

ばんえい競馬で3月27日に農林水産大臣杯が行われる。

大臣杯を前にばんえい競馬をテーマとして某新聞社の企画で篠原農水副大臣とソフトバンクプレイヤーズ藤井社長との対談が行われたので私も同席させて頂いた。

藤井社長よりばんえい競馬場を賭け事の場所というイメージからお食事が出来るとかち村創設などにより親しみの持てる競馬場にと取り組んでいる事を説明すると篠原副大臣からはパリ駐在中に競馬場を視察した際の話を持ち出しパリでは競馬場に行った方がみんな賭けているわけではない。競馬への見方が違うという文化の違いもあるだろうが向かっている方向性は間違いないと思うとお話いただいた。

経営が厳しいばんえい競馬であるが副大臣からの言葉は関係者を非常に勇気づけるものである。

競馬法を読むとそもそも財政が著しく厳しい地方自治体に認めるとある。昔は帯広市の財政にばんえい競馬も貢献をしてくれた。今度は帯広市民がばんえい競馬を盛り立てるために何ができるかを考えなければならない。

もちろん賭け事の奨励の意味ではない。農耕文化の継承を踏まえたことである。

最近は山田調教師によって再生したゴールデンパージがよくTBSの朝ズバで取り上げてくれたりNHKでも番組を作成してくれるなどばんえい人気の下支えをしてくれている。

何とかこの世界遺産を残していきたい。

16人の会派離脱

2011年2月18日 金曜日

昨日、民主党無所属クラブから16人が会派離脱を表明したことが政界に衝撃を与えた。

解散総選挙がにわかに現実味を帯びてきた。

統一地方選挙との同日選ではとの情報もかけめぐっている。

裁判の期日が4月、5月と入っているがもし総選挙に突入した場合に選挙活動及び選挙戦本番に突入した時に裁判期日を優先して出廷しなければならないのだろうかと心配している。

安住国対委員長が総理の辞任と引き換えに予算関連法案の通過を打診との記事も配信されている。

いずれにしても流動化だ。

自分の出来ることをしていくだけだ。

統一地方選挙の立候補制限

2011年2月16日 水曜日

いよいよ統一地方選挙が近づいてきた。

4年に一度の大型選挙である。首長の転進や不祥事による辞職、議会のリコールや解散などずれている地域もあるがおおむねこの統一地方自治体選挙で改選が行われる。

今年の統一地方選挙の執行日は

都道府県及び指定都市の議会の議員及び長は平成23年4月10日

指定都市以外の市、特別区(東京23区)、町村の議会の議員及び長は平成23年4月24日である。

統一する選挙の範囲は3月1日から5月31日までに任期が満了する場合が原則。

6月1日~10日までの間に任期が満了する場合は統一地方選挙として行うことが可能としている。

ここでよく聞かれるのが首長選挙や県議に落選してその後、町長選挙や市議会議員選挙などに立候補できるかどうか?

答えは ノー である。重複立候補を禁止しているからである。

4年に一度法案を提出してこのルールを決めている。

最近聞かれることが数回あったので記載してみた。

事務所開き相次ぐ

2011年2月14日 月曜日

統一地方選挙も近づいており先週から各候補の事務所開きが相次いだ。

私は離党しているが民主党11区の選対本部長である。普通、刑事被告人のみであり裁判が選挙と重なるので候補にとっては不利になる恐れもあるが就任を要請され大変感謝している。今日までの活動を評価してくれていること、無実を信じてくれていることがその理由と思う。全国から裁判カンパが寄せられているがその方々の思いもあわせて勝たなければならない。

池本道議の事務所開きの後には帯広市議会議員に立候補予定の菊池ルツ候補の事務所開きに参加した。横浜から更別村に移住。そして前回の村議選挙に立候補し当選。今回は帯広に居を移して市議選へ挑戦である。出たい人より出したい人。よく選挙時に言われる言葉である。菊池さんはまさに出したい人の典型である。移住者として、母として、小さな村の村議の経験者として帯広に新しい風を吹き込んでもらいたい。

自治体の財政難から来る地方議員の給料の削減、年金廃止の方向性が高まっていることなどがありこれからは地方議員のなり手がどんどん少なくなってくる恐れがある。しかしこんな時代だからこそ本当に改革を考えている方の立候補が増えてくるだろう。

菊池さんにも頑張ってほしい。

スピードスケート

2011年2月10日 木曜日

明日、足寄町のスピードスケート連盟50周年記念大会において挨拶をさせていただく予定である。

私が中学生だった頃の足寄中学校のスピードスケート部は全国総合優勝3連覇を成し遂げまさに全盛期だったと言える。私の同級生の熊谷君や森内君、加藤君、米森君などはすごい選手だった。彼らは秋になると早朝から氷の張った高木沼というところまで行き練習をしていた。家族や地域の指導者の協力が無ければ出来ないことである。

この50周年において足寄町のスピードスケートの発展にご尽力いただいた東出さんが昨年ご逝去されたことにより出席できないのが残念である。こうした地域の後援者がいなければ今日の隆盛はないだろうと思う。

先日、長野県において行われた全国大会に参加した足寄中学校の選手とお話しする機会があった。今年は男子は惜しくも優勝を逃してしまったがそれでも全国大会において2位という堂々たる成績であった。スピードスケートの強さは今も健在のようである。

東出さんの遺志を継いで頑張っておられる若い指導者の方も育っているようである。来年の活躍に期待したい。

初公判を終えて

2011年2月8日 火曜日

2月7日にいよいよ裁判が始まった。

前日は某ホテルで弁護士と宿泊。マスコミから終われながら法廷に行くのが嫌でホテルから出ることにしたが以外に取材が少ないので驚いた。以前から約束していた地元のローカル放送の記者のインタビューのみであった。マスメディアからすると事件は逮捕するまでや起訴するまでが価値があるのでありその後は価値が薄れるんだなとつくづく感じた。

また大相撲の八百長問題が勃発したことも影響しているかなと思う。

国技存続の問題だけに報道も過熱している。

さて、法廷に入る前に報道機関との協定で本人及び弁護団が入る際に並んで入る。幹事社であるテレビ東京の記者さんの仕切りで大久保、石川、池田の順で入っていった。池田とはほぼ一年ぶりの再会だ。お互い少し太ったなと言葉を交わす。大久保さんも元気そうであった。昔から馬力のある人だが闘志満々である。

法廷に入る前に控え室に通される。控え室は非常に狭い。法廷のテレビ撮影が終わった後に池田、石川、大久保の順番で法廷に入る。

法廷は104号法廷。法廷としては広いほうだというが非常に狭く感じた。今日の銀行関係者の証人発言の時に特に感じたが被告人席と証言席が近すぎるなと感じた。

昨日は初公判なので500人近い方が並んでいたので倍率は10倍ほどになったという。緊張して誰が来ているのかよくわからなかったがジャーナリストの江川紹子さんが傍聴席の先頭にいらっしゃるのが見えた。2日続けての傍聴である。裁判の傍聴は疲れるものだと思うが時間を取ってしっかりと取材をするあたりさすがプロのジャーナリストだなと感心する。

罪状認否は文章を読み上げた。のどの調子が悪くかすれ気味になってしまった。どこかの新聞でまくしたてたと書かれていたがまくしたてるというと早口で激しく読み上げるという印象に受け取れるがゆっくり読み上げたつもりであったんであるが聞く人によってはそう感じるのかと思い今度の被告人質問ではもっとゆっくり発言するように気をつけようと思う。

次回はいよいよ自分の被告人質問である。頑張りたい。

初公判

2011年2月4日 金曜日

2月7日に初公判が開かれる。

人生の中で自分自身が刑事被告人になるなんて考えもしなかった。

裁判所へ傍聴も行ったことがないので法廷の中に入るのも初めてである。

当日は公訴事実についての認否意見を述べるだけで後は座って聞いているだけと聞いているが今から緊張している。

しかし一緒に逮捕された大久保さんや池田と久しぶりに会えるのは楽しみである。彼らも私と同様に自分の人生で刑事被告人になるなんて思っていなかったであろうし私と違い家族を持つ身であるのでより大変だと思う。私は独身であるので彼らよりも楽だ。しかし心の支えがある方がいいのかとも思う時もある。

裁判を傍聴に行くからと支援者から言われるが傍聴券を獲得するのは相当な倍率だろうと思うので無理をしないでいただきたいと思う。せっかく仕事を休んで頂いて傍聴券を獲得できなかった時は申し訳ないので。

記載の不備が故意でないこと、及び現金授受は無かったことについてきちんと闘っていきたい。

国会見学ツアー

2011年2月3日 木曜日

石川ともひろ後援会青年部の主催による国会見学ツアーを行い約50名の方に参加して頂いた。

東京ツアーは浪人中の平成18年に実施して以来なので4年振りである。

初日は浅草見物の後に屋形船で懇親会。私も苦手ながらカラオケを歌った。

次の日は国会見学。秘書時代に多くの修学旅行の学生さんを案内していたのでツボは心得ており出来る限り詳しく説明をさせていただいた。ちなみに国会議事堂はほとんど国産のもので作られているが①ステンドグラスが英国製、②ドアノブ③郵便ポストの口が米国製である。

その後は新しい議員会館にて昼食を食べてもらった。

厳しい立場にある中でこうした行事に参加して頂いた後援会の皆さんに感謝申し上げたいし主催してくれた青年部の田中さんをはじめメンバーに感謝したい。