2011年3月21日 のアーカイブ

陸前高田市

2011年3月21日 月曜日

昨日、陸前高田市議会議員の福田さんと電話がつながった。

無事なことは他の方からの情報で確認していたが直接お話しするまでは安心できなかったので嬉しかったが奥様が亡くなられたとお聞きしいたたまれない気持ちになった。秘書時代に何度もお伺いしていたので本当に残念である。そのような状況の中でも必死に消防団活動をしている福田さんに改めて頭が下がる。

私は平成12年、15年の総選挙は陸前高田市を中心に活動をしていたので陸前高田市や大船渡市にたくさんの知人がいる。

その当時はキャピタルホテル1000という千昌夫さんが作ったというホテルに寝泊まりして三陸沿岸を走り回っていた。サンマや牡蠣やホヤ(あまり好きではないが)をよく御馳走になった。

映像で流れる陸前高田市の市街を見る度にかつての面影は全くない。スーパーのマイヤさんの建物がぽつんと残っているのが悲しかった。

これから瓦礫をよけて市街地の整理を行うことになると思うが思い切った計画を作成し国や県も全面的に協力する形で再生してほしいと願う。

関東大震災の際、帝都復興のために安いお金で立ち退きを依頼した時に大抵の市民は協力してくれたそうである。市民が協力的だったのは悲惨な状況になった理由の一つに狭い道路や避難地が少ないことが影響したことを知っていたからであろう。

どんなに高い防波堤を作ってもいずれそれを超える津波は何百年に一度来るかもしれない。それに対応する防波堤を作ることは財政的に不可能である。

だからこそ財政的に可能な対策として津波にあった沿岸部の都市については学校及び病院の高地移住が出来るように法整備を行っていきたい。