2011年3月 のアーカイブ

挙国一致内閣

2011年3月18日 金曜日

与野党でかけひきをしている場合ではないことは明白である。

地震、津波、円高と押し寄せる危機に日本はどんなことがあってもこの危機を乗り切れる民族であるということを内外にアピールしていくべきであろう。

戦前の悲劇は国難を乗り切るために大政翼賛会を作り間違った方向に導いていった。このことにより大連立や挙国一致というと大政翼賛体制を想起させるので3年前の大連立騒動の際には随分と国民から批判を浴びた。

しかし現状は民主党も対立法案の提出を出来るだけ避けることを行い、野党も出来るだけ法案の成立に協力すべきだ。

そのためにもまずは災害対策本部に自民党や公明党のメンバーを加えるべきだと思う。ましてや被災地の出身である小沢一郎の力を使うべきと考えるのは私だけではないはずである。

二法案が可決

2011年3月17日 木曜日

本日の本会議で地震防災対策特別措置法改正法案と統一地方選挙の期日延期法案が可決した。

震災対策へ向けて救国戦線で対応するという第一歩である。

阪神大震災では1月17日震災発生。

2月17日震災税特例法案、災害者租税免除法案成立。

そして2月28日補正予算、特例公債法案成立となっている。十分な議論は必要であるが政府は野党の意見を十分に取り入れて迅速に法案を作成し通すべきであるし野党も譲るべきところは譲るべきであろう。

地方選の実施は145日後の6月11日に実施している。しかし今回は阪神大震災と自治体機能の損失は比べ物にならない。2ヶ月から6ヶ月の延期では選挙を行うには無理ではないかと思う。1年は延期すべきと思う。

被災者と公判日程

2011年3月16日 水曜日

弁護士より大久保さんが元気とのメールをもらう。

避難リストに名前があったのでとりあえずはほっとしたがが弁護士から家族全員無事と聞き改めてほっとした。

避難所の方々からも頼りにされているとのこと。

暗いニュースが続く中で久しぶりの明るいニュースだ。

但し、公判が23日に控えているがどうなるのだろうか。家も何もかも流されている状況下において東京まで出廷しなければならないのだろうか。法的にどうなっているのかはわからないが生活が落ち着くまで見合わせてもらうことは出来ないのであろうか。

非常事態に備えて

2011年3月16日 水曜日

福島原発の状況が一進一退を続けている。

ガソリンの買い占めや食料品の買い占めがおきている。被災地の方々への影響を考えて出来るだけ控えてほしいと思うし政府が全力で対処にあたっているので今は信じるしかない。

しかし一方でどんな状況になっても国家行政機能が機能するようにしておくこと。国民の希望を失わせないようにすることが大事である。

総理大臣が死亡、または職務が遂行できない場合には首相臨時代理が職務を代行することになっている。小渕恵三元総理大臣が脳梗塞で倒れた時に青木幹夫官房長官を指名したがきちんとした手続きによるものではなかったので批判を浴びた。

この時の反省をふまえて首相臨時代理を順位5位まで置くようになっている。

現在、もし最悪の事態になった場合には官邸機能をどこに移動すべきか、皇居をどこに移動すべきか考えなければならない。

杞憂に終わればいいが今後のことも考えていずれ議論をしなければならないであろう。

稲むらの火と関寛斎

2011年3月15日 火曜日

昨日は後藤新平のような大胆な発想で新たな街づくりをと提言した。

今日の東京新聞で三陸町吉浜の高所移転による被害防衛の記事が出ていた。私は秘書時代に三陸町担当であったのでよく伺ったものだ。三陸町は3つほど集落がありそのうちの一つが吉浜である。アワビが有名な地域だ。

確かに吉浜地区は高台にある。これは1933年の昭和三陸大津波の際に東京帝国大学教授・今村明恒氏が政府を説得し高地移転を実行したそうだ。今日の記事から抜粋すると戸惑う住民を「もう君たちの代にはこんな大津波は無いだろう。しかし子孫のためを考えるんだ。村の百年の大計どころか、百年のにわたる仁政ではないか」と。

この今村教授が戦前に津波に対する教育のために題材としたのが「稲むらの火」である。ヤマサ醤油の創業者である濱口梧陵が主人公のモデルだ。

地震の後、潮が急激に引いていくのを見て、大きな津波が来ると予測し村祭りの準備に没頭している村人の注意を引くために自分の稲に火をつけ高台に避難させたという話である。濱口の機転と犠牲の精神が共感を呼ぶ話である。

ちなみに陸別町開拓の父、関寛斎は濱口梧陵の依頼を受け安政の大流行が起きていたコレラの予防に全力を傾けた。結果、銚子では最小限の被害に食い止めることが出来た。濱口は改めて西洋医学の大切さを痛感し寛斎の長崎留学に金100両を拠出するのである。

濱口がいなければ関寛斎が西洋医学の勉強のために長崎へ行くことが出来なかった。改めて濱口梧陵の懐の深さに敬服する次第である。

後藤新平と都市計画

2011年3月14日 月曜日

後藤新平は岩手県水沢市の出身である。

水沢市(現在は奥州市)の3偉人は

①後藤新平 ②高野長英 ③斉藤実であり3人の銅像が奥州市内の公園に立っている。岩手県は総理大臣を多く排出しているが斉藤実もその一人である。

しかし有名なのは何といっても後藤新平であろう。

後藤新平は台湾総督府民政長官の時には台湾の都市計画を内務大臣の時は関東大震災後の東京復興の都市計画を行った政治家である。

1923年今から約90年前に関東大震災が発生した。我々は歴史の勉強でこの大震災が近代日本が最も被害を受けた天災だと思ってきたが今回の大震災はこれを凌駕するぐらいのすさまじいものである。

現在、生存者の救出作業が進められており今は全力で救済にあたらなければならない。しかしその後は生存者の方々が生活できるように仮設住宅の建設、そして自身の住宅の建設へと道筋をつけていかなければならない。

関東大震災後の後藤新平は大規模な区画整理を提案し国家予算の一年分に匹敵する予算で首都東京の都市計画を立てたという。各方面からの反対で計画は縮小されたそうであるが今回の東日本大地震においては思い切った施策を実行し生存者の支援と景気回復につなげていくべきだと考える。

また復旧国債というような新たな国債も考慮すべきであろう。国債の購入者に利子とは別の特典を考える。特典については議論が必要であるが思い切った政策を断行して借金の増加を抑えつつ予算を確保しなければならないからである。荒唐無稽のようにとらえられるかもしれないが私は本格的な議論をすべきと考える。

パーティーの延期について

2011年3月14日 月曜日

3月15日に予定していたパーティーの開催を延期致しました。

事件後、多くの方々のお支えで今日まで活動をさせていただいておりますが今回は東京方面で応援いただいている方々との懇親や裁判支援カンパで応援いただいている方々との懇親を考えて開催を予定しておりましたが東日本大地震に配慮し今なすべきことは地元十勝や私自身ゆかりのある東北地域の復興に向けて努力することと考え延期と致しました。

ご理解のほど宜しくお願いします。

総理を中心に全力で救済を

2011年3月13日 日曜日

今回の震災は未曾有の大被害である。

マグニチュード9.0と公式発表が変更となり世界史上4番目の大きな地震となった。

私は秘書時代に三陸沿岸担当秘書であったので今回の被災地である陸前高田市、住田町そして大船渡市と同市と合併前の三陸町に足繁く通った。平成12年と15年の総選挙では黄川田徹さんを当選させるために全力で働いた。当時は一関や水沢など内陸部からばかり代議士が誕生し戦後半世紀にわたって沿岸部から国会議員が出ていないということで陸前高田市出身の黄川田さんが候補者に選ばれた。当時から熱狂的に黄川田さんや小沢一郎を支援してくれていた地域である。変わり果てた姿をテレビで見た時に目頭が熱くなった。

現在、補正予算を通すことは与野党で合意しているが22年度か23年度かでまだもめている。しかし与野党ともにそのような場合ではないことを肝にめいじるべきである。

この場合、菅グループも小沢グループもない。民主党は一枚岩で菅総理を支えてこの危機を乗り切ることを考えるべきである。

昨夜遅くから佐藤優氏より示唆を受けて関係各所に電話をした。

離党しており微力であるが党内対立回避に向けて力を注いだ。

とにかく被災者の救済が第一である。

災害対策に全力を

2011年3月12日 土曜日

地元の池本道議、三津道議、佐々木道議と連絡を取り地元の状況を聞いた。

十勝港ばかりテレビで放映されるが大津漁港の状況がひどいとのこと。浜大樹や厚別や十勝太などの状況も気になるところである。昨日からの欠航で朝一番の飛行機で戻ろうと思ったが9時前は全て欠航と言われ空港で待機している。11時35分発で何とか戻れればすぐに視察に行き対策本部から話を聞かなければと思っている。

被害を受けた漁業者など地域への支援を補正予算でどの程度確保できるのかも政府に申し入れをしていかなければならない。大津地域は警察の交通規制により漁業者も入れない状況と聞いた。早く状況確認が出来るようにしてあげたい。

しかし岩手県陸前高田市や大船渡市の津波の被害は深刻だ。私は秘書時代に三陸沿岸部を担当していたので知人も多い。

皆さんの無事を祈りたい。

地震を予知できないか

2011年3月11日 金曜日

議員会館で日豪EPAについて関係者と意見交換中に突如地震が来た。

第一議員会館の最上階12階に私の部屋がある。普段から地震でなくとも建物の構造上、揺れを吸収する作りになっているのでよく揺れることがあったのでいつものことかと思っていたらすごい揺れが来た。

議員会館からお台場で発生した火災も確認出来る。

階下に見える首相官邸も慌ただしい動きを見せていた。携帯がなかなかつながらない中、地元の状況を秘書や後援者に確認する。今のところ大丈夫のようであるが十勝港や大津港への津波が心配である。平成18年に大型低気圧によって港が損壊し網が損傷し漁業者が被害を受けた。

新しい飼料工場も出来たばかりだ。速報を聞いて被害が出ないように対処していることを祈る。

それと同様に東北地方の被害も心配である。政府も予算委員会を中断して対応しているようであるが被害を最小限に抑えるように努力してほしい。

ニュージーランドでももし予知できたらたくさんの人を救えたのにと思ってしまうが何とか予知できないものだろうか。つい先日、深夜番組でテレビで京都大学の先生が通称「火山屋」と呼ばれ桜島の噴火予知に人生を賭けている番組を見て感動した。

今回は地震速報が携帯電話でならなかったが地震予知や火山噴火予知のために尽力いただいている研究者に期待したい。