2011年6月 のアーカイブ

ヘンプー産業用大麻の活用について

2011年6月30日 木曜日

大麻と聞いいた時のイメージはどうだろうか。

やはりドラッグとしてのイメージが強いだろう。芸能人などが大麻取締法違反で逮捕されるなどの事例も多いので薬物としての認識が強いと思う。

大麻と聞いていいイメージが湧くはずがない。よく役場職員が野生の大麻を処分しているところなんか見たりもしているので大麻=悪というのが私のイメージでありほとんどの方が同様のイメージを持っていると思う。

ところが昨年、十勝在住の方々が「十勝産業用大麻加工研究会」を発足させ産業用大麻の活用に向けて取り組んでいる事実を知った。そして隣の北見市では北海道版の構造改革特区である北海道チャレンジパートナー特区制度の認定を受け取り組んでいる方がいる。

しかし産業用大麻の事業化は簡単ではない。

大麻取締法で禁止されているのはマリファナ効果のある成分を含む「花穂」と「葉」の部分を所持していたり、許可なく栽培している場合である。

国際条約でも日本の大麻取締法でも「茎」と「種子」の産業用の利用は法律違反ではない。だから麻の服を来たり実を食べることが出来る。

しかし大麻草全体として見て規制の対象としているので有害である「花穂」や「葉」を含む大麻草の栽培は都道府県知事の許可となっている。実際に許可を取るのは大変である。しかし許可を取った後も種子の確保や開発、更新は事実上出来ないのが現状だ。北見の特区も暗礁に乗り上げている。

しかし私は産業化を進めるべきだと考えている。

なぜこの産業用大麻に注目しているかというと一つはクリーニングクロップとしての働きである。農作物というのは同じ土地で同じ作物を作り続けると「連作障害」が起きてしまう。病気が発生したり収穫量が落ちてくる。だから「輪作」といい毎年、ローテーションで回していく。大麻草は土をふかふかにさせる力を持っているのが魅力である。

また欧州では産業化が進んでいる。ベンツおよびBMW等の自動車内装材として使用されている。

そして石油製品の代替になることが出来るということである。

明日、先進地域である栃木県鹿沼市にお伺いする予定であるが解決の糸口を探してみたい。

元参院のドン

2011年6月28日 火曜日

七転び八起会という会がある。

元参議院議員の村上正邦先生が主催する会である。

私も鈴木宗男先生のご縁で参加させていただいている。メンバーは東京地検特捜部に捜査対象とされた国会議員などである。

私も有資格者ということでお招きを頂いているが大物揃いなのでいつも緊張の連続だ。

昨日、浜田和幸自民党参議院議員が離党し復興担当の政務官に就任した。

その裏に村上氏の影があると報道されている。確かにお会いした時も与野党を越えて救国の志で政治をしなければと熱心に語っていらっしゃった。

しかし自民党サイドは引抜に対し警戒感を強めるとともに民主党との話し合いに対して態度を硬化している。

再生可能法案などは本来は与野党が対立する法案ではない。ちなみに国会では自民党時代は例年、80本から90本前後の法案が提出され70パーセントが与野党賛成で可決されていた。残りが対決法案と呼ばれているものであり最終的には強行採決で通していたがねじれ国会となってからは強行採決が出来ない。話し合いながら法案の可決を図っていくしかない。

従って自民党が態度を硬化しているということは法案が通る見通しが立たないのであるが対決法案でないものまで通らないというのは担当官庁にしてみると総理が台無しにしていると恨み節の一つも言いたくなるところだろう。

民主党も執行部は何も知らされていなかったと機能不全状態をさらけだしている。

この事態を解決するには参院でのねじれ解消に向けて自民党から更なる同調者がでるかどうかだ。

私は最終的には参院の選挙制度を比例代表一本に絞り政党にとらわれない参議院づくりを進めていくべきと考えているが現状では時間がかかる。この状態ではねじれ解消のためにどうするかしかない。

参院の元ドンがどう動くか動向に注目していきたい。

障がい者サポート

2011年6月27日 月曜日

足寄町のNPO法人ふれあいの設立5周年記念にお伺いしてきた。

15時から伊達コスモス21サポートハンズころころの粟野支援課長の講演があったのでお聞きしてきた。

講演の終わりに「議員さんも来ているのでよく聞いてほしい」と現状の問題点を指摘いただいた。生活支援員配置の点数の低さをはじめ制度が現状に追い付いていない現実についてである。

懇親会の席でごあいさつの機会を頂いたので一番の課題である財政について消費税よりも国債、そして従来の国際とは違う永久国債のような仕組みを作るべきとお話させていただいた。

さて、粟野さんの講演資料の中で心打たれる手紙が掲載されていたので以下、転記したい。

手紙ー親愛なる子供たちへー  原作詞:不詳 作曲:樋口了一

年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても

どうかそのままの私のことを理解してほしい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても

あなたに色んなことを教えたように見守ってほしい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても

その結末をどうかさえぎらずにうなづいて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は

いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと

励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり

お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて

いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に

祝福の祈りを捧げて欲しい

私の両親は今は元気だが二人とも70歳を過ぎてしまった。この歌をかみしめていきたい。

先行予約始まりました。

2011年6月25日 土曜日

アマゾンで「悪党」の先行予約受付が始まりました。

発売は7月7日となります。本の作成は初めてでしたので出来上がりが楽しみです。

AERAの連載を大幅加筆修正し仕上げましたが連載といっても3回分しかなくほとんどは一から文章を組み立てていったのでさすがに準備に時間がかかりました。

タイトルに関してはたくさんの方から様々な意見を寄せて頂いております。確かに刺激的なタイトルですので無理もありません。

中身については発売を楽しみにしてください。

農業の起源

2011年6月24日 金曜日

柄谷行人氏の著作「世界史の構造」をテキストにして新党大地で勉強会を行っている。

佐藤優さんが解説をし読み回すというスタイルであり私の勉強会と同じスタイルである。

冒頭、出席者から質問がありなぜ声を出しての読み回しを行うのかという質問が出された。佐藤氏曰く「見る」と「読む」とは違う。江戸時代の寺小屋では必ず音読をさせていた。読むというのは意味を理解するということである。声を出して読むことによって理解を深めることの大切さをお話された。

さて、昨日は第2部国家の起源についてテキストを参考に勉強を行った。そこで一般的なドグマの排除から始まった。それは農業・牧畜が始まり、人々が定住し、生産力の拡大とともに、都市が発展し、階級的な分解が生じ国家が生まれたという見方の排除である。

柄谷氏は定住化は農業以前に起こっている事であり国家は農業革命の結果ではなく、その逆に、農業革命こそ国家の結果と説く。農業の起源は農村ではなく、さまざまな共同体からの事物や情報が集積し、技術者が集まる都市にあると指摘している。様々な農耕技術、品種開発、家畜化が生じたのは都市であり農業・牧畜は都市に始まり、それが周辺に広がっていったと。

技術と情報を駆使したら農業が広まることを理論的に説明している。

農商工連携や六次産業化によって地域興しを目指す運動が活発だ。

十勝もフードバレー構想を掲げている。

技術の発展と情報収集及び発信のための予算確保にこれからも取り組みたい。

会期延長騒動

2011年6月22日 水曜日

国会の会期延長がようやく決まった。

民主党、社民党、共産党、みんなの党は賛成。自民党、公明党が反対の立場で討論を行い先ほど賛成多数で可決された。

私も復興支援の法律と予算を早期に上げる立場から賛成に起立した。

しかし国会の会期末前日になっても会期の延長幅が決まらないとは驚きである。

民主党の岡田幹事長が内閣不信任案決議の際には徹底して菅総理を守っていたのは幹事長の職責と当然だと思う。法案によっては政治家個人の思想信条に関わるものがあるので造反に対してケースバイケースでの対応があってしかるべきであるが不信任案に関しては厳正な処分を行わざるを得ないのは仕方ないかもしれない。

ただその幹事長が今度は野党の方を向きながら菅総理大臣を何とか降ろそうとしているのには奇異な感じがしてならない。

幹事長と官房長官は総理を支える要でありこの二人がトップの楯となるのが当然と思う。

民主党の場合、どうしても自分がいい子になろうとする文化がある。あえて言えば泥を被る覚悟を持って事にあたる政治家が少ないのかもしれない。

勉強して政策を作り上げ立法化し予算付けを行い国民のための政治をすることが政治家の仕事である。

しかしその為にはお利口さんばかりでは成立しない。官僚を納得させ、与党内をまとめ野党と対峙しつつ世論を味方につけていく。たとえ世論が厳しくとも国家にとって必要な法案ならばなんとしても通さなければならない。

民主党執行部を見ていると自分達は全然悪くありません。すべて菅総理が悪いんですと見せている様にしか見えない。選んだ総理に問題があるのかもしれないがこれではだれが総理になっても世論が厳しくなるとすぐに手のひらを返すことになると思う。

厳しい状況下での胆力が大切だとつくづく痛感する。

ホリエモン収監

2011年6月21日 火曜日

ホリエモンことライブドア元社長の堀江貴文氏が懲役に服すために昨日午後、東京高検に出頭した。

私と同い年の38歳。時代の寵児は一旦、塀の中に入り再起を練ることになる。それでも刑務所の中から発信を続けるという。

さて、収監前の忙しい中、堀江氏に時間を頂いて出版予定である本「悪党」の宣伝も兼ねて週刊誌の企画で対談が実現した。

収監が近いことは知っていたが金曜日にお会いした時にぽそっと「明々後日に行くなんて実感がわかないんですよね」と言っていたのが印象的だった。

私が堀江氏と会いたいと思った理由は2つ。一つは収監されるにあたり刑務所や検察についてどう考えているかということともう一つはロケット開発についてである。堀江氏がロケット開発に力を入れているのは周知のとおりだがその実験をしているのが私の選挙区の大樹町で行っているからである。

短い時間であったが収監前の忙しい中で時間を取っていただいた事に感謝している。さすがに少し緊張してしまい考えていたことをきちんと質問をして引き出せなかったことが残念であったが貴重な時間を過ごせたと思っている。

出所後も是非、時代を変えるために頑張ってほしい。

野遊会

2011年6月20日 月曜日

毎年恒例の野遊会を今年も開催した。

野遊会とはバーべーキュー大会のことであり春から秋にかけ十勝では職場の打ち上げや町内会の花見では外でジンギスカンを行う季節になる。議員もそれぞれ後援会の行事として行っている方が多い。今回も例年同様に3000人近い方々にお集まりを頂いた。

今年はゴールデンウイークに被災地へジンギスカン屋の肉や下着など支援物資をお届けした際にかかった費用を今回の野遊会の剰余金で賄うことを後援会の方にご了解を頂き開催をした。

最初2005年に始めた時は100人でスタートした。居酒屋「やじ」さんにご協力を頂いて隣のジンギスカン屋さんの軒先を借りて始めた。5月なのに雪が降る寒い日であった。

立候補して初めての行事だった。

翌年の2006年は会場を帯広市内中心部にあるグリーンパークの駐車場に移して300人規模で行った。グリーンパークにはグリーンステージという大きなステージを持つバーベキュー会場があるがそこは1000人規模で行う催事場であるのでさすがに大きすぎるので隣の駐車場を借りて行った。この時も5月なのに大雪が降り一週間延期して開催したことが忘れられない。2年続いて5月の雪の日にぶち当たったので翌年は6月にすることにした。

そして繰り上がり当選をした20007年6月に1500人の方に参加していただいてグリーンステージで行うことが出来るようになった。これ以後も毎年開催している。

逮捕、起訴された去年も今年も3000人近い方に集まっていただいてこうした会を出来るのは本当に有り難いことである。

不撓不屈Tシャツも随分と購入をしていただいた。

裁判闘争を乗り切って来年も開催したいと思う。

38

2011年6月19日 日曜日

誕生日を迎え38歳になりました。

31歳で出馬表明しましたのであれから7年経過したかと思うと感慨深いものがある。

昨日は連合十勝の20周年記念に出席しましたが最初はほとんど名前も顔もわからなかったのが今はすっかり顔なじみになっていることを思うとそれだけ多くの仲間を作ってきたんだなと実感した。

もちろん仲間が多くなるということは付き合いがそれだけ広がるということなのでどうしても不義理をしてしまうこともある。

これだけ厳しい状況にありながら応援してくれているにもかかわらず誤解により関係が悪化してしまうこともあるが全ては自分の責任である。

また齢を一つ重ねたがこれからも頑張っていきたい。

防衛政策勉強会ー原発対応

2011年6月16日 木曜日

昨日は元陸将補の岩城征昭氏をお招きして防衛政策勉強会を開催した。

部会等が重なっていたためにいつもより参加者は少なく残念であったが中身の濃いお話を聞くことが出来た。

岩城さんから福島原発と過去に起きた各国の原発事故との比較、自衛隊の動きなどをお話頂いた。

興味深かったのは計画的避難区域を半径で区切った事には疑問を呈していたこと。混乱を避けるために一律の対応は仕方なっかっとは思うが風向き等で半径は同じ距離に位置していても被害の度合いが違うので今後考察が必要だろうということ。

もう一つは参加議員からの「もう避難区域には戻れないだろうという見方が出ているがどうだろうか」という質問に対して必ず戻れるしそうしなければならないと力説していたことである。

狭い国土の中で福島県の広大な地域が立ち入り禁止区域のままでいいはずがない。

英知を結集して避難民が故郷に帰れるようにしなければいけない。