2011年6月 のアーカイブ

悪党

2011年6月14日 火曜日

「悪党」と聞いてどんなイメージを皆さんはお持ちになるだろうか。

広辞苑をひくと次のように書かれてある。

あく・とう【悪党】①悪者の集団。転じてわるもの。②(中世語)荘園内の反領主的住民の集団。鎌倉後期から南北朝にかけて、秩序を乱すものとして支配者の禁圧の対象となった武装集団。風体、用いる武器などに、従来の武士とは異なる特色を持ち、商工業、運輸業など非農業的活動に携わるものも少なくなかった。

と記述してある。ほとんどが①の悪者の集団を思い浮かべると思う。

昨年、佐藤優さんがコラムで「小沢一郎は平成の悪党になれ」と書いた。

その意味は小沢一郎がいわゆる「悪党」として徹底的に国民のサイドに立って官僚が無意識のうちに自分達の勢力を守ろうとする今の政治を変えていくべきというものである。すなわち②の意味である既成勢力に対抗する政治家集団として戦うべきという意味である。

この度、今年2月のAERA誌上で連載した小沢一郎論を加筆修正して本を出版することになった。

発売予定日は7月7日。

題名は「悪党」である。

このタイトルをどのように思うかは皆様にお任せしたい。

相馬藩と十勝

2011年6月13日 月曜日

先月、十勝総合振興局にお伺いしてきた。

震災後の十勝での被災者の方々の受入状況の確認、また北海道の支援内容などについてお話を伺うために竹林局長はじめ担当の方々にお会いをしてきた。

竹林さんは農業畑を長く歩いてこられた方だが今回の異動で本庁に戻られた。道庁本庁に戻っても頑張ってほしい。

さて、今回は大樹町在住の方からの依頼で大樹町と姉妹都市である相馬市、南相馬市の方々が移住を希望された場合の受け入れ態勢を中小企業家同友会帯広支部を中心に作っていくために行政と連携をしていきたいということで同行させて頂いた。

相馬藩から大樹町へ移住し牧場を始められた相馬家の現当主が相馬行胤氏である。

お会いしてきりっとした顔だないうのが第一印象であったが意見を伺うと堂々として立派だなと感じた。さすが何十代も続いている家系の当主である。

十勝はこうした移住者によって作られた地域である。私の両親も徳島県出身だ。

よく地域が元気になるには「よそもの、馬鹿者、若者」を取り入れることだと言われる。

十勝の未来のためにも受け入れ態勢を整えるのに私も頑張りたい。

東京新聞で紹介

2011年6月12日 日曜日

6月10日の東京新聞のコラムで佐藤優さんを講師として始めた勉強会について掲載していただいた。

以下、引用する。

『東京新聞』2011年6月10日朝刊「本音のコラム ルイ・ボナパルト」

 衆議院第1議員会館で、石川知裕衆議院議員(無所属)と政治学の古典に関する勉強会を月に一度行っている。石川氏は小沢一郎衆議院議員の秘書をつとめていたときの政治資金規正法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕、起訴され、現在刑事裁判を抱えている。

 筆者も、鈴木宗男事件で逮捕された経験がある。国家権力の恐さを皮膚感覚で知っている2人がイニシアティブを取り、古典を通じて国家について議論することには意味があると思い勉強会を1年以上続けている。現在、マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』(平凡社ライブラリー)を読んでいる。
 19世紀半ばのフランスで、当時世界で最も民主的な体制のもとで、クーデターが起き、ルイ・ボナパルト(ナポレオン3世)独裁体制が成立した過程について、マルクスが詳細に分析している。

 大衆(分割地農民)の利益を代表する政党がないので、大衆の利益を代表するというイメージ操作で議院内閣制の機能不全を徹底的に批判したのでル
イ・ボナパルトのクーデターは成功した。

 その結果、フランス国民は不幸になった。今のような国民不在の政争を国会でいつまでも続けていると、「危機の時代には独裁が必要だ」と主張する和製ルイ・ボナパルトが関西あたりから出てくるのではないかと筆者は危惧している。(作家・元外務省主任分析官)(引用終わり)

産経新聞で首相公選制を行う時期に来ているという記事が出ていた。

日本は共和制を取ることはできない。なぜなら天皇制を否定することになるからだ。

産経新聞あたりから天皇制との整合性も考えないで首相公選制をという意見が出ている。

佐藤さんの心配が現実のものにならないように政治がしっかりしなければならない。

国際食品工業展

2011年6月10日 金曜日

国際食品工業展の招待状が来ていたので伺ってきた。

これは食品を加工する機械や装置を集めた見本市であり34回目を迎える今回は645の企業が参加している。

最近お知り合いになった静岡県の酪農機械製造会社からの招待である。

この会社は酪農を支えている女性が副収入を得ることが出来るような仕組みを作りたいということで一人で簡単にできるチーズ機器を製造している。私も酪農家の青年から乳製品に付加価値を付けて売りたいがどうしたらよいだろうかと相談を受けることがある。

酪農家の中で生乳を生産している段階から更にワンステップ進んでチーズやヨーグルトを生産し販売したりまたは牧場を整備し体験型牧場でアイスつくりなどを行うことで観光客を呼び込んだりして収入を確保できればと考えている人は少なくない。なぜなら原料高に伴って乳価が上がらないからである。

民主党に所属していたころ党内に酪農や畜産の部会が無いので自分で酪農畜産対策小委員会を立ち上げた。

毎月、全国の酪農家や畜産農家、各種団体の方をお呼びして今後の酪農畜産のあり方などを模索していた。

その中で討議していたのが6次産業化を進めていくという事であった。

生乳を加工し付加価値を作り所得を上げていくためには導入コストの低減が求められる。

低コストで導入できる製品作りを頑張ってほしいと思う。

同期会

2011年6月9日 木曜日

2期生の同期会に参加してきた。

私は繰り上がり当選であるので正確には同時期当選はいないことになるが私同様繰り上がり当選した議員と平成17年の郵政解散の時に当選した16人で同期会を結成している。ちなみに前回総選挙で当選した民主党新人議員は143人であるのでいかに我々の時の選挙が厳しかったかがわかる。

私の逮捕時も厳しい世論の中で擁護してくれた仲間である。数も少なく比較的集まりやすいので年に何回か同期で集まっている。

話は当然、不信任決議案の話になった。

それぞれの立場で行動をしたわけであるが皆が言うのは党内融和をどうはかるかということであった。

代議士会で同期の小川淳也議員が党内融和に努めるべき趣旨の発言をしたがあの発言に尽きていると思う。

脱小沢、反小沢を演出することにより支持率の回復をはかってきたわけであるが国民が求めているのは生命と財産を民主党がどう守ってくれるのかを示すことにあると思う。

禹の舊服を纘がしむ

2011年6月8日 水曜日

田口先生に書経を学ぶ勉強会に参加した。

今回の講義は湯王が自分の決起が正しかったのかどうか悩んでいるのを部下が天命に従ったので問題ないと励ますところだ。

タイトルに書いた「禹の舊服に纘がしむ」とは建国の精神に立ち返れという意味である。

政権交代に期待したことは何か。

自民党政治からの脱却だろう。

自民党政治からの脱却とは何か。

年金問題でも明らかになったが無駄なお金を使っている事だろう。

経済が上向いている時は国民の賃金も上がる。だから文句は無かったのである。

バブルのころに官僚叩きや天下りなどまったく問題にならなかった。

しかし下がり続ける賃金、上がり続ける税金に生活が苦しくなってきた国民が税金の使い道に関心を持ったことからのろしが上がったと思う。

民主党は期待に応えたと思う。年金問題や天下り問題で問題点を徹底的にあぶりだした。私もETCなどで問題点を指摘したこともある。

しかしなぜ今こうなっているのか。パフォーマンスを重視しすぎて国民が何を期待しているのか忘れてしまった、いやわからなくなったからかもしれない。

「生命と財産を守ること」

これに尽きるのである。

次の総理には原点に返って頑張ってほしい。

松木ブーム

2011年6月7日 火曜日

先日、足寄町主催のお祭りにお伺いした際に不信任案の話になった時にちょうど松木さんから電話があった。

私のまわりの方は松木さんだったら是非電話を変わってほしいといい「あんたは男だ」と絶賛していた。

確かに今、どこに行っても松木さんの話になることが多い。

ワイドショーでは画になるということでテレビから出演依頼も多く来ているようだ。

もちろん政党人として的確な行動であったかというとそうではない。政党に所属するものとして野党から出された不信任案に賛成するというのは議院内閣制の日本では政党の維持そのものが成り立たない。

誰もが菅さんでは駄目だと思っている。だから信任したくない。

しかし政党人としての自覚や選挙の事を考えると賛成することは党を離れることになり公認が危うくなるというリスクを覚悟しなければならない。

そうした中で国民にはリスクを背負いながらも自分の筋を通した松木さんの行動がわかりやすかったのだと思う。

松木さんの地元の民主党北海道第12区総支部では松木さんに対して憤慨している方もいると聞く。政党の論理から行けば当然とも言えるがしかし国民の声をよく聞いてほしい。

地元の方々にはこの行動に対して双方のために寛大な処置を望むものである。

大連立論とねじれ

2011年6月6日 月曜日

民主党と自民党の中で大連立論が浮上している。

そもそも大連立の定義とは何か。議会の第一党と第二党による連立である。政権を安定させることが主な目的である。

平時であれば大政翼賛的なことになるのではないのかという不信感が国民の側から生まれて当然であるので2007年の参院逆転時には小沢元代表が福田総理に申し込んだ時は党内及び世論から猛反発が巻き起こった。私も理解できなかった一人である。政権交代を前にして何故と思った。

しかし今の状況は大連立に傾いている。特例公債法案が通らなければ復興支援も出来なくなるからだ。

しかしここで考えなければいけないのはねじれの解消についてである。実は1989年からずっと日本はねじれ状態にある。これを自民党及び民主党が連立で乗り切ってきただけの話だ。

最初は消費税選挙で敗北した自民党は法案を通すために自民・公明・民社のパーシャル連合でしのいだ。これは連立政権ではない。しかし部分的に自民党と共同歩調を取ることに合意したのだ。この後、細川政権が誕生。7党8会派の連立政権を組んだがあえなく崩壊した。そして自民・社会・さきがけのいわゆる自社さ政権が誕生した。社会党が自衛隊を合憲といった瞬間に時代が転換期を迎えたのである。

社会党が社民党と党名を変えて連立を離脱した後、自民党は1998年の参院選でまたしても参院でねじれに苦しむことになる。そこで自民党と自由党の連立が成立しその後、公明党が加わることになり以後、自公政権が続くことになったのである。

民主党は本来であれば公明党と連立を模索するのが一番であろう。政策の修正が少なくて済むのと公明党は参議院で安定した数を確保できるからである。

しかし民公連立は互いに高いハードルである。

私はこのねじれが日本政治を停滞させていると考えている。

これを解消するには政党に縛られない参議院にすることである。

そのためには選挙制度を全国比例代表一本にすべきと考えている。

解散を繰り返しても参院は3年ごとの選挙であり、議席を取り返すためには一回負けてしまうと6年間取り戻せないことになる。

参院の選挙制度改革を真剣に議論すべき時である。

母校が無くなる日

2011年6月5日 日曜日

昨日、母校である函館ラ・サール高校の東京同窓会に出席してきた。

金曜日の夜が遅かったので睡眠不足のまま会場に向かった。

しかし函館の同窓会長である齊藤さんのご挨拶を聞いて眠気が吹っ飛んだ。

このままいくと何と母校がなくなるかもしれないというショッキングなお話だったからである。

私の同級生は約360人。AクラスからHクラスまであり教室はびっしりであった。

十勝地域からも30人前後は来ていたし、地元の公立高校を合格してもほとんどがラ・サールに来ていた。

しかし最近はほとんど地元の公立高校に行ってしまうと私がお世話になった塾の先生より聞いたことがある。

もちろん地元公立高校の頑張りに水を差すつもりではない。ただ自分の母校のことなのでつい寂しく思えてしまうのだ。

現在、一学年は170人とのこと。往時の半数の人数である。優秀な生徒を取ろうとすると数を絞らざるを得ないということだと思う。

ここで問題は二つである。少子化の問題だ。私自身も反省しなければいけないのであるが団塊ジュニアが晩婚なため子供の出生率が落ちていることが原因なのは誰もがわかっていることだ。二つ目が親の賃金下落である。函館まで行かせるのが大変になってきているということである。

先だって札幌学院大学の教授との話の際にも書いたが親の所得格差が子供の教育格差につながる社会に日本がなってきているのを徐々に感じる。

エマニュエル・トッドが提唱する協調的保護主義路線をとり日本をデフレから脱却させて平和で平等な社会の実現を目指さなければならない。

採決を終えて

2011年6月2日 木曜日

本会議場に行かないつもりであったが松木議員が賛成票を投じるというので止めようと思い議場に行った。

石関議員や他の仲間と必死に説得したが松木さんの意思は固かった。

菅総理は辞めるべきだという信念が彼を動かした。

賛否両論あると思う。

しかしたいしたもんだ。