2011年8月 のアーカイブ

野田財務大臣の連立発言

2011年8月13日 土曜日

野田財務大臣が自公との連立政権を目指すと明言している。

確かにねじれの下では政治が進まない。法案を通すのでも一苦労である。

震災復興が遅れているのもねじれによるところが大きい。しかし民意であるので仕方がない。

しかし物事には進め方があると思う。

大連立を言うにしても国民新党や地域政党ではあるが新党大地と相談してから発言するのがスジではないだろうか。

我々は郵政民営化の功罪の中で地域で不便になっている部分を見直そうと頑張ってきた。それは決して間違いではない。

しかし自民党もメンツがあるので中々法案に賛成とはいえない事情がある。しかし実態として見直さなければいけないのは地方選出の議員であればわかっているはずである。

ここをきちんと整理しないで自公との連立を先走って発言しているところに不安を感じてしまう。

あせり

2011年8月11日 木曜日

民主党議員の3回生以上の動向を見て感じることがある。

民主党は当選回数が少ない議員が圧倒的に多い。1回生が半数を占めているので2回以上だと能力に関係なくポストが回ってくる計算だ。

私も2回目当選時には消費者特別委員会の筆頭理事と農林水産委員会の理事を仰せつかった。消費者特別委員会の自民党のカウンターパートは元郵政大臣の野田聖子先生だから見劣りするわけだが他も一緒だったと思う。

私は事件発生により離党しすべての役職から離れることになった。

普通の政治家とは違う道を選択せざるを得なくなった。通常、国会活動で与党政治家は政府に入るか党の役職に就くかである。

大臣、副大臣、政務官として政府に入り行政を動かしていくことは政治家として目標とするところである。さまざまな問題を解決に向けて努力している政務3役の姿を見るとやりがいのある仕事である。

他は委員会の理事として法案審議に関わったり国会対策に奔走したり党の役員として働くことになるがやはりこのような国難の時には行政に入ることが一番やりがいのある仕事だと思う。

今回の代表選挙を見ると馬淵先生が3回生、野田先生が5回生、樽床先生も5回生と当選回数が中堅どころの立候補が目立つ。

みな若くして頭角を現してきた証拠であるが同様の当選回数の方々からすると、特に年齢が50歳以上に達している方々の動きを見るとこうした方達の活躍を見てあせりのようなものが感じられるのである。

私は野中広務さんとはお話をしたことがないしどちらかというと反小沢の急先鋒であったので親しく話す機会も無かった。

しかし彼に学ぶのは彼が57歳という遅咲きの年齢で衆議院議員に初当選をしてその後日本の政治を動かしていった事である。

私は驚くべきことだと思っている。

今、私は政治家として回り道を余儀なくされている。しかしこの回り道が血となり肉となるのかもしれない。

野田・馬淵

2011年8月9日 火曜日

文芸春秋9月号で3人の民主党政治家が政権構想を語っている。

野田財務大臣、馬淵前国土交通大臣の2人である。

野田大臣は「わが政権構想ー今こそ中庸の政治を」と題し奇策を排し「和の力」で日本を再建すると訴えている。原発については短兵急に輸出を止めるべきでないと主張。日本の技術を新しい国際貢献とすべきと言っている。面白かったのはトヨタの創業者である豊田佐吉翁が関東大震災後の1925年に個人で帝国発明協会に電池技術の発明懸賞金として当時のお金で100万円(現在価値で10億以上)を寄付した際に条件が「発明者は日本人に限る」のたった一つだったというエピソードを紹介し東日本大震災後の日本の再生は技術確信にあるとエピソードを引用しながら語っている事だ。

馬淵前大臣は一匹狼の挑戦状と題し「民間の経営感覚で、原発問題を処理し、危機に強い国家を作る。そして経済成長を実現する」と訴えている。そしていわゆる派閥の解消を訴えている。原発の放射性廃棄物の処理について「トイレのないマンション」との表現は目を引いた。この問題を逆手に取り技術革新をしていき産業の活性化につなげるべきと主張している。

財政については消費税増税について野田さんは踏み込んでいなかったが馬淵さんはこの点についてはっきりとノーと言っているのが大きな違いと言えるかもしれない。

菅さんがいつ辞任するかはわからないが私は基本的に誰がなってもまた総理が悪者にされる構図は変わらないと思っている。

昨年、菅さんが総理になるとき応援していた奴らはどこに行ったのか。今なんと言っているのか。

与党にいるというのは予算と法律を作る権限を握っているのだから批判されて当たり前なのである。

それに耐えうる胆力が無い限り誰がなってもひとたび民主党のリーダーがマスメディアに攻撃されたらいい子ちゃん議員はすぐに一緒になって批判に回るだろう。

今、民主党に必要なのは強いリーダーではない。

一人一人が強くなることが必要なのである。

世界経済の動揺

2011年8月8日 月曜日

米国債格下げ以降、世界経済が揺れている。

もちろん日本もその影響を大きく受けている。東証では9100円割れを記録し円も超円高が進んでいるからだ。

主要7各国の財務省・中央銀行総裁は「金融安定化と成長を支えるために必要なあらゆる手段を講じる」と声明を発表したが今後、収束するかは全く分からない。

戦前、イギリスのポンドから米ドルに基軸通貨が移り変わって以来、米ドルは基軸通貨であった。しかし近年、基軸通貨として米ドルの信用が揺らいでいる。だが元やユーロがそれに置き換わるかは不透明である。

2012年はアメリカ大統領選挙を始め世界のトップが交代する時期である。

日本もしっかりしたリーダーを選ばなければならない。

なぜ菅総理はねばるのかー石川論

2011年8月7日 日曜日

昨日は私の青年部ぽてともの会の中山君の結婚式で挨拶。

今日は早朝から陸別町でオフロードレース開会式で挨拶。そして昼は帯広に戻り米澤帯広市長のバーべーキューで挨拶。

毎週末はこうした行事で挨拶をし焼き肉などを食べながら皆さんとお話しする。

どこに行っても聞かれるのがなぜ菅総理が辞めないのかという質問である。

その理由は諸説ある。

①このまま辞めたら史上最低の総理の烙印を押されてしまうのでどこかで挽回してから辞めたい。

②奥さんがとにかく辞めるなと言っているから。

③総理の在職日数をとにかく伸ばしたい。などなどである。

しかしこれだけ世間から辞めろと言われれば普通の神経ならばとっくに辞めている。私は菅総理は本当に心の底から自分は誤解を受けているんだと思っていると分析している。

理由の根拠は2004年の年金未納問題の時のトラウマがあると思っている。

当時、だんご3兄弟という歌が流行っていたのをもじって年金未納だった3閣僚に対して「年金未納3兄弟」と菅さんは攻撃していた。しかし自身の未納問題が発覚して民主党代表を辞任することになる。だが数年後、菅さんの未納問題は社会保険庁のミスだったことが証明されたが時すでに遅し。その後も菅さんが正しかったと声高に言う人はいない。

菅さんからするとこの時のトラウマがありとにかく辞めたら駄目だと。そして今の不人気は誤解なんだと。あの時のようにいずれ自分が正しいことが証明されると本気で考えているからこそ辞めないと分析している。

日本国総理大臣を辞めさせるには自発的辞任か内閣不信任案可決しかない。

執行部と全閣僚が辞表を突き付けて後任も誰も手を上げないで辞めさせるか慣例を破りもう一度不信任案を提出するか決断しなければならない。

田原総一郎さんと

2011年8月5日 金曜日

昨日、田原総一郎さんと雑誌の企画で対談した。

国民誰もが知っている大物ジャーナリストである。サンデープロジェクトに出演することは政治家にとって名誉でもあったが田原さんの舌鋒にやられることで政治的にダメージを受けることもあるのでもろ刃の剣でもあった。

私が覚えているのは1998年の参院選の最中にサンプロに出演した橋本総理が恒久減税を行うのか行わないのかしつこく田原さんに食い下がられあいまいな対応に終始した映像が流れ参院選の自民敗北につながった場面である。当時、北海道で選挙戦を戦っていた私もこのテレビを見たときに自民の逆風を感じた。

この場面を始めサンプロが政治を変えた場面が田原さんの最近の著書「ジャーナリズムの陥し穴」に詳しく書かれている。

サンプロが終了した後の番組「サンデーフロントライン」は視聴率低迷の為に打ち切りになるという。田原さんの高年俸や年齢がネックとなってサンプロが打ち切りになったと週刊誌等で書かれていたが打ち切りにせずに番組を続けていたらまた政治が変わっていたかもしれない。

1934年生まれなのでもう77歳になるわけだが舌鋒は全く衰えていない。

FLASHで対談が掲載される予定なので是非ご一読を。

安愚楽牧場

2011年8月4日 木曜日

口蹄疫の発生、焼肉屋でのユッケ事件に加えてセシウム問題などが決定打になり牛肉消費の落ち込みは大きい。

食肉通信8月2日号の「今年の下半期の牛価を占う」では下半期の相場は見通しが立たないと書かれている。それほど危機的な状況であり原発の風評被害の大きさを改めて感じる。

さて、牛肉消費の落ち込みがこのように著しい中で牛のオーナー制度を活用し全国で和牛約15万頭を育てている安愚楽牧場の経営危機が発表された。

牧場から依頼を受けた弁護士が状況を把握し今後の経営方針を発表する見通しである。

安愚楽牧場は、1979年に牧場経営をスタートした。繁殖牛のオーナーを募集し、生まれた子牛を牧場が買い取る「和牛オーナー制度」の運営で業績を伸ばしてきた。

北海道では飼養依頼を受け安愚楽牧場と契約を結び牛を育てている農家が多い。私の生まれ故郷の足寄町をはじめ音更町や浦幌町で預託農家が多く存在している。

和牛オーナーは3万人で預託先の牧場は338にのぼる。

預託農家では当座の資金繰りが苦しいとの声が寄せられている。

早急に対策を講じなければならない。

全力で対応したい。

11区自民党支部長決まる

2011年8月2日 火曜日

次期衆院選の自民党11区の支部長に中川侑子氏が内定した。

故・中川昭一先生の奥様である。

中川先生がお亡くなりになられたあと自民党の支部長は空席であったがこれで戦いの構図が決まったことになる。

平成16年に出馬表明した時、中川王国はあまりにも大きな壁であった。

政権交代の追い風により王国に風穴をあけることは出来たがそれでも基盤は揺らいでいない。

しかも私は刑事被告人のみであり裁判闘争を抱えたままの戦いとなるのは必至である。

次の選挙の争点はどうなるだろうか。

郵政解散、政権交代解散とワンイシュー選挙が続いている。

私自身は最近、エマニュエルトッドの考えに共鳴している。世界中が合理的な保守主義をとるべきと思っている。

TPPへの対応など含めて日本を地域をどういう方向へ導くか論争できる選挙にしたい。