2011年12月 のアーカイブ

今年もお世話になりました。

2011年12月30日 金曜日

ブログをご覧の皆さま今年一年本当にお世話になりました。

有料ブログ「汚名返上」にも多くの皆さまにご協力を頂きまして感謝申し上げます。

今年は裁判闘争で幕を明けました。録音テープの存在を明らかにして臨みましたが一審で有罪判決を受けてしまいました。

不当判決には断固として戦って参りますので宜しくお願いします。

立候補以来、慌ただしい年末を過ごして来ました。特にここ2年は修羅場の連続でしたので今年くらいはと思ってましたが思いがけず新党結成になりました。

政治がカオスの中で自分は地域の代表として仕事が出来るような環境を作るために決断をしました。

どうか今後ともご支援賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

2011年12月30日

石川ともひろ

新党参加にあたって

2011年12月29日 木曜日

後援会の皆さまにはいつもお世話になりまして誠に有難うございます。
厳しい政治状況下にも関わらず最大限のご支援を頂いております事に改めて感謝申し上げる次第でございます。

さて私はこの度、鈴木宗男氏が創る北海道の地域政党である大地・真民主党に参画することを決断致しました。

平成22年2月に民主党を離党してから無所属議員として活動を続けてきました。与党である、民主党、国民新党、新党大地の議員と連携をしながら今日まで政権交代に期待をして頂いた有権者の負託に応えるために努力をして参りました。

また十勝の政策課題について個別所得補償政策の円滑な実施や各種予算の獲得のために与党の議員に働きかけてきました。

その間、民主党第11区総支部及び連合十勝の皆さまとは政治課題の解決に向けて共に努力をして参りましたし各級の選挙においても共に闘って参りました。
それは「国民の生活が第一」という共通の理念があったからです。

今回の新党参画は政権交代の原点に返るという考えのもとに参画するものであり今後も与党の一員として民主党、連合十勝としっかり協力していく所存でございます。

また無所属議員として活動して参りましたが活動に限界があるので発信力を強めるという意味での参画でもあるのでどうかご理解いただきたくお願い申し上げる次第です。

これからはTPP交渉参加阻止など北海道が抱える諸課題解決に向けて全力で働いて参ることをお誓い申し上げます。

新党騒動

2011年12月28日 水曜日

12月中旬から体調のすぐれない日が続いていたがようやく良くなってきた。

昨日も一昨日もは早めに就寝したのが良かったのだろうか。

昨年も年末は最悪の状況だったが自分の身体の弱さにつくづく嫌気がさす。鈴木宗男先生の元気な姿を見るとやはり運動不足からくるのかなと感じさせられる。

体調のいい悪いに関係なく携帯電話が鳴る。新党に加わるのかどうかについて聞いてくる。

私は白紙である。応援を頂いている後援者の方の意向を聞かずに態度は明確に出来ない。

但し政治は動いている。12月28日午前中の段階で民主党の中から9名程度の議員が離党する見込みだ。

離党の理由は消費税増税反対や原発対応の不備、TPP参加反対など様々である。それぞれが考えを持って行動しているのだろうと思う。

消費税に関してはソブリンリスクの回避の為に政府が財政の健全化を目指すことに多くの国民は容認している。しかし手続きの瑕疵とやるべきことをやらずに安易に増税を決めていいのかというところに多くの民主党議員が疑問を持っているのだろうと思う。

民主党が国民の信を失っているのは事実だ。

出来上がった新党が自民党を自浄させようとした新自由クラブのような存在になることを期待したい。

大地望年会

2011年12月26日 月曜日

鈴木宗男新党大地代表の復帰を祝うイベントが各地で開催されている。

私も帯広市のイベントと札幌市のイベントに参加させて頂いた。

嫁も一緒に参加させて頂き花束を頂戴するなどご配慮を頂いて頭の下がる思いである。

平成13年に始まったムネオバッシングの頃を思うと隔世の感がある。

出所してきた元国会議員を100人を超える国会議員が迎えるのも前代未聞だろうし各地で開催されているイベントに参加している方の顔を見ると閉塞感打破の思いを感じ取ることが出来る。

政治家として公民権停止5年は大変重い足枷である。5年間十字架を背負いながらの活動は厳しいものがある。選挙期間中の活動に制限が加わるのが痛い。宣伝カーに乗って声を張り上げて応援するムネオスタイルが封印されてしまうからだ。

しかし本人が不在の間にも獄中から指令を出し子飼いの道議会議員を二人も誕生させている。

これからもハンデを乗り越えて政治活動を続けていくだろうし公民権停止が解けた時には再びカムバックしてくるかもしれない。

平成に学ぶ医の魂

2011年12月23日 金曜日

蘭学医・関寛斎の生涯を描いた本がエピック社から出版された。

タイトルは「蘭学医・関寛斎 平成に学ぶ医の魂」である。

著書は梅村聡参議院議員と長尾和宏・長尾クリニック院長である。

梅村議員は関寛斎の子孫であり医師である。長尾医師は梅村先生の医療改革の仲間である。

2年前に陸別町で毎年行っている白里忌というイベントに梅村先生と長尾先生にご参加いただいた。白里忌は関寛斎を偲ぶイベントであり毎年10月15日に行うと決まっているが参議院議員で直系子孫の梅村先生をお呼び出来たことで泉下の関翁に喜んで頂けたのではないかと思う。

さて、関寛斎は幕末から明治期にかけて生きた医師である。

70代に入ってから徳島県から北海道の原野の開拓を目指した人間だ。そのパワフルさは驚嘆に値する。

関翁の偉業は数知れないがこの当時から予防医療や地域医療連携にも取り組んでいたことがすごい。

医師の立場から関寛斎の足跡を追いながらお二人が対談している章は興味深く読ませていただいた。

あまり知られていないが石川家と関家の関係も取り上げていただいている。

是非ご一読を。

特捜部の妄想

2011年12月19日 月曜日

前田元検事が証人として出廷し4億円がゼネコンからの裏金と推定したのは特捜部幹部の「妄想」と切って捨てた。

現場は厭戦ムードが漂っていたが一部の幹部の妄想により突き進んでいった事がうかがえる発言である。

小沢と特捜部の全面戦争と主任検事から言われたそうだが特捜部は巨悪と戦うべきであって自分達の存在意義の為に目立つ人と戦う組織ではない。

田舎の学校の取り組み

2011年12月15日 木曜日

火曜日に鹿追町の小中高一貫教育の現場を視察してきた。

鹿追町は十勝平野の北西部に位置する酪農業が盛んな町である。生乳生産は年間10万トン。福島県一県に匹敵する量である。その他、蕎麦の生産も有名である。

鹿追町では平成15年から小中高一貫した英語教育の研究開発校の指定を受け

①国際社会でたくましく生き抜く子供を育てる

②ふるさとを愛し自慢する子供を育てる

③自分の夢に挑戦し続ける子供を育てる

を三つの柱にして教育改革に取り組んできた。

きっかけは姉妹都市のカナダのストニープレーン市に短期留学を始めた時に現地に行っても英語でのコミュニケーションにしり込みをする子供が多いのがこの運動を立ち上げたきっかけと鹿追小学校の船越校長先生が語っていた。

そこで外国語活動として「カナダ学」を立ち上げ現在に至っている。

鹿追町も他の田舎と同様に過疎化で苦しんでおり高校の合併も検討されている。しかしこの運動がきっかけで高校の水準も上がり鹿追町の子供たちが他町村の高校に進学せず自分の街の高校に進学する比率が年々増えているという。来年の受験ではハイレベルの国立大学合格者も出る可能性が高いそうだ。

人口1万人未満の街においてこれはかなり珍しいことだ。成績のいい子はだいたい都市部の公立高校か私立高校を受験し町を出て行ってしまう。かくいう私もその一人であった。大学受験を考慮するとどうしても町を出る選択をせざるを得なかった。

こうした田舎の町の一貫教育の成功は町の活力につながる。

しかし文部省の研究開発指定校を見ると都会の教育大付属のような学校が多いのが目につく。

都市部は生徒も集まりやすく田舎よりすべての面において条件も整っている。

こうした普通の田舎の学校に取り組みの機会を与えるべきだろうと私は思う。

こうした取り組みに光が当たるように支援していきたい。

十勝百年農場

2011年12月12日 月曜日

先週、十勝百年農場の表彰式に参加してきた。

十勝開拓の先駆者から数えて百年間、入植以来農業を続けている家族を讃えるイベントである。

商売で考えてみると百年間続いているお店屋さんがどれくらいあるだろうか。時代とともに流行が変わるので百年間同じ商売を続けるということは難しい。

音更町で若い女性向けの服を販売しているパッセンというお店は昔は呉服屋さんだったとのこと。

時代の移り変わりに対応して形態を変えたのだろう。

時代に変わりなく受け入れられているものとして蕎麦屋などが挙げられるだろうがそれにしても100年続けるとなると4代から5代にわたって営業しなければならない。なかなか出来ないことである。

大王製紙の放蕩坊ちゃんを見ても5代続けることがいかに大変かわかる。

今回、表彰された方々を含めてこうした方が日本の農業を支えているんだと実感させられた。

農業が永続できるようにしっかりしなければならない。

池田尋問終了

2011年12月9日 金曜日

昨日、池田元秘書の証人尋問が終了した。

池田君は早稲田大学鵬志会の後輩で樋高さんの誘いで小沢一郎事務所に入った。

私より4歳年下の後輩である。事務所へは大学4年生の春から入っており普通の学生に比較すると一年早く社会人として厳しい書生生活に入ったことになる。

書生生活の後に岩手県事務所で勤務となり4年近く岩手県事務所で勤務した後に東京事務所勤務となり私の後任として経理の担当に就任した。このレールに乗ってしまったことが彼の人生を狂わせたことになってしまった。

私が立候補を控えて多忙にしており引き継ぎが十分に出来ていなかったことも彼に迷惑をかけてしまった。

まあ私自身も前任者から十分な引き継ぎを受けたとは言えないのでこんなもので十分と思っていたが。

政治資金収支報告書のサインも大久保氏のサインを私が勝手に代筆していたことを参考に見よう見まねで行っていたと思う。

長い証人尋問は非常に疲れたと思う。

お疲れ様と声をかけてあげたい。

農林水産委員会TPP協議について決議へ

2011年12月6日 火曜日

本日14時からの農林水産委員会でTPP交渉参加に向けた関係国との協議に関する件について決議する予定だ。

現在のところ全会一致での決定となる見込みである。

以下、案文を示しておきます。

 本年十一月十一日、野田内閣総理大臣は「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る」ことを表明した。しかしながら、TPPについては、政府からの情報提供及び国民的議論とも不十分であると言わざると得ない状況であり、先のAPEC首脳会合において交渉参加を表明することに対し、各界各層から強い懸念が相次いで示されたところである。TPPは原則として関税をすべて撤廃することとされており、我が国の農林水産業や農山漁村にこれまでにない壊滅的な打撃を与え、食料自給率を低下させ、地域経済・社会の崩壊を招くおそれがある。さらに、TPPにより食の安全が脅かされるなど国民生活にも大きな影響を与えることが懸念される。

 よって、政府は、TPP交渉参加に向けた関係国との協議を行う場合には、左記の事項に留意することを強く求めるものである。

一 交渉参加に向けた関係国との協議により収集した情報については、国会に速やかに報告するとともに、国民への十分な情報提供を行い、幅広い国民的議論を行うように措置すること。

二 交渉参加に向けた関係国との協議は、国益を最大限に実現するため、政府一体となって慎重に行うこと。その際、国益を損なうことが明らかになった場合には、政府は交渉参加の見送りも含め厳しい判断をもって臨むこと。

三 交渉参加に向けた関係国との協議を進める中においても、国内農林水産業の構造改革の努力を加速するとともに、協議の帰趨いかんでは、国内農林水産業、関連産業及び地域経済に及ぼす影響が甚大であることを十分に踏まえて、政府を挙げて対応すること。

四 我が国は自由貿易の推進を対外通商政策の柱とし、様々なEPA・FTA、地域協定のメリット、デメリットを検討し、メリットの大きなものについては積極的に推進するとともに、これによって打撃を受ける分野については必要な国境措置を維持し、かつ万全な国内経済・地域対策を講じてきたところである。今後とも、我が国のとるべき戦略について精力的に構築すること。

右決議する。