2012年5月 のアーカイブ

野田ー小沢会談

2012年5月28日 月曜日

今週中にも野田総理と小沢元代表が会談し、税と社会保障の一体改革について輿石幹事長を交えて話し合いをすることが決まっている。

小沢元代表は現状での消費税の引き上げには反対を表明をしているので、野田総理は「平行線になるかもしれない」と自身のグループでの会合で語っており、小沢元代表が法案に無条件で賛成をするという見通しは低い。

では、条件次第で賛成に転じるかどうかということになるが、それも可能性としては低いかもしれない。その場合には、野田総理が法案の中身を変えることになる。そうなると、民主党内の調整も再度行う必要になるし、野党の協力を得ることが難しくなるかもしれない。

いまの状況下では、会談が決裂し野田総理が党内情勢を見極めたうえで過半数を獲得できる状況を再確認して採決を行うことになるのかもしれない。しかし、参議院ではどうしても野党の協力が必要になってくるが、そのためには解散の確約が必要になってくるのでこれも高いハードルである。

私は、今回の法案に関しては選挙前に考え方を提示して国民に信を問う形で選挙戦にのぞむのが筋だろうと思っている。決めた後では国民に選択肢を示せない。
4年間は上げないという事で投票した方も多いであろうし、増税時期は4年経過後だから約束は違反していないと言っても、国民にはしっくりこないからだ。そして、国際下落のリスクは気になるものの、歳出構造のカットを行わないままの増税ではいつまで経っても増税の必要が出てくるからだ。

小沢元代表には、なぜ反対なのかを国民にわかりやすく説明をする必要があるかもしれない。イメージとしては、直間比率の是正をしていくことが必要なので消費税を上げて所得税と住民税を下げていくべきと言っていた印象が強いからだ。

会談の中身がどうなるのか大変気になるところであるが、国民にとっていい結論が出る事を期待したい。

愚直に

2012年5月22日 火曜日

「愚直に 復興・環境を軸として」

と題して先輩議員である樋高剛議員が本を出版した。

私が小沢先生の事務所に入るきっかけは樋高議員との縁があったからだ。現在、国務大臣の松原仁事務所に大学時代、お手伝いに行っていた時にお会いしたのが最初のご縁である。

あそこでお会いしなければ小沢事務所にも入れなかっただろうし国会で仕事も出来なかったかもしれない。まあ逮捕も無かったかもしれないがそれは運命と言うものである。

秘書としては「樋高の前に樋高なし。樋高の後に樋高なし」と言っても過言ではない。小沢一郎先生が今までの秘書の中で一番信頼する秘書であったことは間違いない。まさに滅私奉公の人だ。私が小沢先生にあまり評価されていないのとは正反対の人である。

私自身は小沢先生のネタ本で裁判費用を稼がせて頂いている。本を出す前に樋高さんに「帯ぐらい先生にお願いしたらいいじゃないですか」とアドバイスしたら「いや甘えたくないんだ」とぼそっと話された。樋高さんらしいなと思った。

環境政務官として感じたことも書かれてます。

是非、ご一読を。

沖縄復帰40年

2012年5月15日 火曜日

沖縄の日本復帰から、今日で40年となる。

私は昭和48年6月生まれであり来月で39歳となるので、復帰前の沖縄と本土との関係は肌ではわからない。

物心ついた時には、沖縄は当たり前に日本の一部であった。北海道で生まれ育ったので沖縄に行く機会も無かったこともあるが、沖縄の基地問題や尖閣諸島などの領土問題については、政治に携わるまでじっくりと考えることは少なかった。

大学時代や秘書時代にも、沖縄県出身者と話す機会はあったものの沖縄が抱える問題について議論することは少なかった。

私は2005年に初めて総選挙に出馬した。選挙に出ると、新聞やテレビ局などから「調査票」という紙が送られてくる。重要政策について5問から10問くらいの質問に答えるようになっている。しかし、その際に沖縄問題について質問をしてきた社は無いように記憶している。

2009年の総選挙の際には、県外移設に対する質問項目はあったが年金問題などの方が大きなウエートを占めており、外交に関しては報道機関も争点化していなかったと記憶している。

しかし、民主党政権の県外移設断念、中国との尖閣諸島問題など、次期総選挙においては沖縄問題をどう考えるかが大きな争点の一つになるかもしれない。

今年の2月に沖縄訪問した際に、地元の有力者から「沖縄が儲かるのなら日本でも中国でも構わないんだよね。」という発言を聞いた時に「小説・琉球処分」(大城立裕・著)を思い出した。明治政府による日本への統合過程の中で、日本と中国双方へ「両属」しながら国家の生き残りを図ってきた琉球の歴史が描かれている。

私自身は基地問題について、県外移設を求める姿勢に変わりはない。その代り、国内での受け入れ地を早急に決定し、米国との協議に入ることを沖縄県民と約束しなければならないと思う。痛みは国全体で分かち合わなければならないだろう。沖縄県民との信頼関係を深めていかなければいけないと思うからだ。

沖縄だけに犠牲を強いるシステムの変更を、本気で取り組む節目になる年にしていこう。

豪州訪問

2012年5月7日 月曜日

今年の連休は、オーストラリアに視察を兼ねて行ってきた。

昨年は裁判中のため一度も外国訪問が出来なかったので、実に2年ぶりである。

2年前は畜産と酪農関係の視察でデンマークに行ったが、今回は砂糖産業の視察の為にオーストラリアを選んだ。

資源ブームに沸くオーストラリアでは、トラックの運転手に10万豪ドル(日本円で年収800万円くらい)出しているそうで、現在も上がりつつあるとのことだ。
デフレに苦しむ日本との違いに驚いた。

砂糖視察では、クイーンズランド州に出向いた。シドニーから飛行機を一度乗り継がねばならないほど田舎である。しかし、このクイーンズランド州が豪州の砂糖生産の95パーセントを占めているから、行かないわけにはいかない。ブリズベン空港から乗り換えて、バンダバーグ空港へ到着。まずは砂糖博物館へ直行し、サトウキビ農家のトニーさんと落ち合う。
150ヘクタールのサトウキビ畑を父親と二人で運営しているトニーさんの畑に行き、いろいろと教えてもらう。豪州農家は、補助金無しでやっていけるほどの体力を持っている。土地が豊穣なのと、効率化が進んでいるからだ。豪州では構造改革を農業改革から勧めたと聞いたが、それが今日ここまで成長しているのである。
しかし、オーストラリアでも農家の高齢化と農家離れは進んでいるようで、ここは先進国ならではの課題だと感じた。

他にも様々な場所で意見交換をすることが出来、有意義であった。

豪州から朝に成田に着いてすぐに羽田空港に向かい、一路、伊丹空港へと飛ぶ。12時30分から「たかじんのそこまで言って委員会」に出演するためだ。

「顔が疲れていたね」と放映後メールが来ましたが、上記のような理由ですのでご理解下さい。