2012年10月 のアーカイブ

和牛の五輪

2012年10月30日 火曜日

和牛のオリンピックと言われる全国和牛登録協会主催の全国和牛能力共進会長崎県大会に行ってきた。

5年に一度開かれるこの大会は、全国の肉牛農家にとって重要だ。なぜなら審査結果が和牛のブランド化に大きく影響するからである。秘書をしていた時に岩手県で大会があったが、残念ながら見には行っていない。地元での共進会(牛の格付け品評会である)には何度かお邪魔したことはあったが、「和牛のオリンピック」と言われるものがどういうものか興味があったのと、関係者から「一度は見に行くべき」という強い要望があり伺ってみた。

前日は帯広市で予定があったので、帯広空港から飛ぶことに。一緒の便に足寄町長と議長さんが乗っていたので目的地まで一緒に行動したが、やはり遠い。10時30分の一便で帯広空港を出て、羽田経由で長崎空港に着いたのが15時30分。会場入りしたのが16時30分頃であり、そろそろ日も傾きかけてきたころだ。

私の秘書時代の先輩であり地元・佐世保市の県議会議員の先輩宅に宿泊。というのも、全国大会の影響で市内のホテルが満杯であったからだ。

翌日、早朝から会場入りしたが9時の競技開始時には会場は満員になっていた。

競技の内容は、オス牛やメス牛の年齢別や種類別に出場資格を限定し、順位を決めていく。5人くらいの審査員が色艶や形などを見て三回選抜して、優勝を決める。一回目、二回目とふるい落とされ、最後に残った牛の中で順位が付けられ優勝が決まるのだ。中には審査員が迷う場面もあり、審査員が応援している牛の前に止まると「おおー」と声が上がったり、素通りすると「ああー」と落胆の声が出たりするのが面白かった。

都道府県別に出ているので、出身県の牛が選抜されるたびに歓声が沸く。オリンピックと言うよりも甲子園と言った方がいいかもしれない。

牛肉の消費を国内で増やしていく事は容易ではない。人口減に加え、消費者の高齢化が進んでいるからだ。2月に沖縄県に行った際に立ち寄ったスーパーでは、高齢者対策として赤身肉の多い肉牛のコーナーを作っていた。そうなると世界に向けて和牛の市場を開拓していくことが必要となってくる。イスラム圏への輸出を考える上では、ハラル認証の取得が出来る施設整備も課題となってくる。

今後、屠畜施設の整備時には、こうした点を考慮して予算を付けて輸出促進に努めたい。

400万企業が哭いている

2012年10月22日 月曜日

議員会館に一冊の本が届いた。

タイトルは「400万企業が哭いている」。サブタイトルは≪検察が会社を踏みつぶした日≫となっている。事件の概要は、ファッション関係の企業が経営コンサルタントの佐藤氏と結託して、決算書を粉飾して震災関連の融資を不正に受けた罪で逮捕されたというものだ。

特捜部は当初、別の悪徳コンサルタントが銀行を騙して融資金を懐に入れていた事件と似たような悪質な事件と断定し、捜査をすすめていた。だが、捜査をすすめるに連れて佐藤氏が懐に入れていたということが無いことが判明。いわゆる「筋読み」の悪い事件だったわけである。しかし、一度決めた路線は変更できない。震災融資を騙し取った詐欺事件という事で処理する。

東京地検特捜部。

私の人生を大きく狂わせたこの組織に関する本は多い。魚住昭さんをはじめ、多くのノンフィックションライターがこの権力集団の実態を描いてきた。最近では陸山会事件を題材として、東京地検特捜部と小沢一郎事務所との暗闘を描いている作品も出ている。

通常、政治家や官僚の収賄事件や大手企業の贈賄事件など、東京地検特捜部が独自捜査で直接、捜査に乗り出す案件は、報道機関が大きく取り上げる事件である。

世間は、巨悪を眠らせない特捜部の活躍に喝采を浴びせる。もちろん村木事件などの影響で、特捜部の国民からの期待は揺らいでいるが、それでも期待がないわけではない。巨悪を眠らせないようにしてほしいと願っている国民が、まだ大勢いると思う。

しかし、この本は全く別の視点から、特捜部の捜査に関して糾弾している。

主人公の経営コンサルタントは、元銀行員。銀行を辞職して自分が身に着けたノウハウを生かして、企業再生のコンサルタントとして日々経営者と向き合いながら、資金繰りに苦しむ経営者にリストラや本社の移転など経費の削減を行わせて、財務体質の改善をさせる。また、経営者と一緒に銀行へ乗り込んで融資を獲得するなど、中小企業の再生に取り組んでいた。

しかし、どう切りつめても決算が赤字にしかならない。本書で指摘しているように、現在の金融システムでは、赤字の企業は銀行からお金を借りられない。そこで、売り上げを過大にするなどして決算書を黒字にしたものを銀行に持ちこんで、融資を可能にさせる。

ここで大きく問われているのは、日本国家を支える中小企業の実態と金融システムに齟齬があるということである。建前と現実社会に、大きなかい離が存在しているという実態である。

本書の中で、著者がインタビューした税理士が「粉飾自体は問題ではなく、銀行に返せるのかどうかが問題なんだ」と語っている。法的にどうなのかというと著者は《考えてみると、これはとても理にかなった考え方だ。上場企業の場合、粉飾決算はそれ自体が金融商取引法で禁じられた犯罪だ。上場企業は株式市場に対して決算内容の公開を義務付けられ、決算書は監査法人の厳しいチェックを受けなければならない。しかし、非上場の会社には決算書の公開義務はなく、粉飾決算自体は違法ではない。非上場の会社が罪に問われるのは、粉飾決算によって人からお金を騙し取った場合などだけだ。》と述べている。

巻末で≪この事件を法廷で裁いたこと自体がそもそも間違いだったのだ。この裁きによっていったい誰がどんな得をするというのだ。私たちの社会にとっていったいどんな益があるというのだ。≫と問いかけている。

中小企業を育てる金融システムの改善に向けて努力しなければならないと実感させられると同時に、特捜部の独自捜査を制限させることの大切さを改めて教えさせられた。

現在、経営コンサルの佐藤氏は、実刑判決を受けて上告中である。シンポジウムで名刺交換をさせて頂いたが、さわやかという言葉が似合う人物である。

今は弁護士を目指して勉強中との事だ。

資格取得には多難な状況だと思うが、頑張ってほしい。

関寛斉没後100年記念事業

2012年10月15日 月曜日

関寛斉没後100年を記念して、実行委員会主催でセミナーおよび交流会が開催された。

「博・医・拓 未来へ紡ぐ寛斉イズム」と題して、厚生労働政務官の梅村参議院議員をはじめ多くの方の記念講演が催された。

私は東地区後援会主催のパークゴルフ交流会出席のためにセミナーには残念ながら参加できなかったが、交流会から出席をし、翌日の記念碑の除幕式でご挨拶をさせていただくことができた。

今回は翁の生まれ故郷である東金市の市長さんや市議会の方をはじめ、高知県や福島県、大阪からも大勢の寛斉ファンが参加した。中には梅村先生と同様、関寛斉の子孫である土田さんご一家も参加されていた。ご職業をお聞きすると歯科医だったので「やはり血統かな」と思わせられたものだ。

関寛斉翁と我が家との関わりは、以前も書いた通り私の祖父が徳島県から来ていたご縁で(関翁は徳島県から移住)関翁と親交があり、我が家には関翁から頂いた水差しが存在している。しかし、残念ながら徳島県からの参加は無かった。帯広市と徳島市は姉妹都市を提携しているので、今後は陸別町も交えて親交を結んで関寛斉の功績を広めていくことも必要だなと感じた。

今回のメインイベントは「司馬遼太郎記念碑」の除幕であった。司馬遼太郎先生は「胡蝶の夢」で関翁を取り上げている。この作品が大河ドラマなどで取り上げられることを期待する。

初顔合わせ

2012年10月12日 金曜日

昨日、自民党執行部が各党あいさつ回りに来るという事で、国会の控室で私も鈴木代表と松木幹事長、浅野代議士とお迎えをした。

安倍総裁、石破幹事長などと10分程度、懇談をした。懇談と言っても、私や浅野代議士が発言をするような場面は無いのだが、和気あいあいの中で終わった。

民主党執行部とも同様の形で国会の控室で行われ、大きく報道されていたのはご覧のとおりである。しかし少数政党の我々と違って、政権与党と野党第一党の会談であるから何か進展があるかと思いきや、臨時国会を召集するという当たり前のことを確認しただけで終わった。

戦後、秋から年末まで国会を開かなかった(臨時国会・特別国会・通常国会)ことは一度も無いそうである。特別国会とは、衆議院総選挙の後に開かれる国会のことだ。それと通常国会は、1991年以前は12月に召集されることになっていたので、必ず秋から年末まで何かしらの国会が開かれていたことになる。

私が当選以来、必ず秋の臨時国会が開かれていた。この秋の臨時国会で補正予算等を仕上げて景気対策を行っていたので、開かれないとなると景気動向が心配である。特例公債法案を政争の具にせず、まずは特例公債法案を通す。そして補正予算を行い、その後に解散を検討するべきではないだろうか。

解散ありきではない解決策を期待する。

本別町で国政報告会

2012年10月9日 火曜日

本別町で国政報告会を開催した。

併せて後援会の役員改選を行い、荒木会長の後任に笠原前本別議会議長に就任して頂くなど、三役を一新して新しい布陣で次期総選挙にのぞむことになった。

本別町は、生まれ故郷の足寄町の隣町である。親しい友人や知人も多い所である。それでも後援会作りは大変であった。最初に立候補した時は時間が無く、とても作れるような状況で無かった。それでも故・中川昭一先生を上回る得票を頂くことが出来たのは池本さんや佐々木さんなど道議会議員の後援会や父母の友人、知人の応援があったからだ。改めてご縁に感謝するところである。

しかし、後援会体制の構築に時間がかかり国政報告会もなかなか開けずにいたので、旧役員の方からは厳しいご批判も頂いた。これからは新体制できちんと発信していきたいと思う。

報告会の最後の質疑で「もっと作業服を着て現場に来て状況を見て下さい」と言われた。自分として様々な現場に浪人時代を含めると相当伺ってきたと自負している。しかし、現職になり伺う回数も減ってきているのは事実なので、改めて現場の方々と意見交換をしなければと意見を受けて感じた次第だ。

国政報告会もしばらく開催していない地域も多いので、これからは回数を増やしていきたい。

人事から見える事

2012年10月4日 木曜日

野田内閣の三役人事が決定した。

今日から私の部屋にも、就任した副大臣や政務官がご挨拶に来られた。

就任した直後に議員会館を歩くのは慣例になっている。もちろん全議員を廻るわけではない。所属省庁に関係する委員会の議員だとか、普段から親しい議員などを中心に廻るわけである。

今回の大臣人事については「思い出内閣」・「在庫一掃人事」などと揶揄されている。以前も書いたが、鳩山内閣は一内閣・一大臣と掲げて能力に応じて大臣をしてもらうと言っていたのが遠い昔なので、触れる人もいなくなっている。

副大臣・政務官人事では、随分とドラマがあったようだ。詳しい内容についてはメルマガ「汚名返上」で取り上げることにするが、官邸が離党防御の為にポストで釣ろうとしていたことが伺える。そして、「選挙」と天秤にかけて断った議員もいる。中には、野田内閣では三役には入れないと純粋に考えて断った方もいるかもしれない。

与党と野党の中間的な存在で、目下、刑事被告人であり政務官など及びもかからない私からすると、行政府の中で働けることはやりがいがある事であり、断るというのはもったいないと感じる。なぜなら、国会議員として与党に所属しているのであれば、政務三役に入り法律の制定や政策決定に関ることは最も目指すところであるからだ。

霞が関の人事は変われど、日本経済は動いているし世界も動いている。

新三役には行政が滞らないように期待したい。