北方領土の日

今日2月7日は、北方領土の日である。

毎年、北方領土返還要求全国大会実行委員会主催の全国大会が開催されている。

なぜ2月7日なのか。北方領土の日をいつにするかについては、ソ連が択捉島への侵略を開始した8月28日などいくつかの候補があったが、最終的に、1855年(安政元年)に江戸幕府とロシア(当時は帝政ロシア)との間で最初に国境の取り決めが行われた日露和親条約が結ばれた2月7日に決まったのが由来だ。

各種団体の方々が新宿文化センター大ホールに集い、早期返還実現に向けて参加者代表から挨拶がなされた。

政党代表も壇上に並んでいるが、紹介のみで挨拶は無し。みどりの風まで含めると政党の数が多すぎるので、無しにしたのであろう。政治家の挨拶は政府代表の安倍総理と議員連盟代表の宮越先生だけであった。その替わりとして、政党談話が配られていた。従って青少年団体、労働団体、教育関係者、元島民など各界各層を代表してのアピールを聞くのが中心となり、高校生代表のあいさつの後、大学生代表の挨拶があり、私が大学生時代に所属していた早大鵬志会の木村君があいさつに立った。先日、お会いする機会がありお話ししたが、「志を持っているなあ」と感じていたので、もしかすると将来政界に出てくるかもしれないなと思いながら挨拶を聞いていた。

先日の中国軍によるレーダー照射問題など、我が国の領土問題は切迫感を増している。近年、日本人は国境線について強い意識を持ち出している。しかし国境線を変えるということは簡単ではない。思い起こせば、いわゆる「鈴木宗男事件」が北方領土問題とリンクされて鈴木宗男=悪=2島先行返還と位置づけられてしまい、返還が遠のいてしまった事はきちんと検証しなければならない。

今年に入り、1992年3月にロシア側から当時の渡辺美智雄外務大臣に対して平和条約締結前に歯舞と色丹を返還するという秘密提案があったことが、元外務官僚であった東郷氏の証言で明らかになった。チャンスはそうあるものではない。互いの国力の差、相手に提示できる条件など刻々と変わってくる中で粘り強く交渉しながら返還を実現していかなければならない。

これからもしっかり取り組んでいきたい。

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